敬愛する人物

こんにちは。オンラインショップ担当の望月です。

もし歴史上で最も敬愛している人物は誰かと問われたら、私は真っ先に「乃木希典」と答えます。乃木は日露戦争の英雄かつ陸軍大将で、大正元年の明治天皇御大葬当日、静子夫人と共に自宅で自刃、殉死しました。命日は9月13日です。今年は1日遅れてではありますが、14日に東京の乃木神社と青山墓地にある乃木家のお墓にお参りさせていただきました。

私はこの乃木大将を小さいころから尊敬していました。そのきっかけとなったのは、家にVHSのビデオとして保管されていた「二百三高地」(舛田利雄監督)という映画を見たことでした。幼少期から時代劇や戦争を題材としたものを見るのが好きだったこともあり、その映画に出会ったのは必然だったのかもしれません。

映画「二百三高地」では、乃木役を仲代達矢さん、明治天皇役を三船敏郎さんが演じています。日露戦争は日本の勝利で終わったものの、多くの兵士を死なせてしまった乃木は、勝利を報告する明治天皇の御前で泣き崩れます。そのシーンが印象的だったのか、幼少期の私の胸を打ちました。

それ以降、日露戦争や乃木大将に関わる書籍をたくさん読み、私なりに学びを深めました。そうして、私は学習院大学へ通うことになります。もちろん、その理由は乃木が第10代学習院長を務めたからです。また、1年前に結婚式を東京の乃木神社で挙げましたが、その理由も乃木を敬愛しているからこそです。

ここで、野口芳宏さんの著書『人物に学ぶ道徳授業――モラロジーの教育観に立って』から一節をご紹介します。
――大国ロシアが、小国の日本に敗れた重大な責任は司令官の失策にあるとして、ロシアの皇帝ニコライ2世は、ステッセル将軍に銃殺刑を言い渡した。これを知った乃木大将は皇帝に宛ててステッセル将軍の助命嘆願の書簡を送ったのである。その甲斐あってステッセルは死刑を軽減され、シベリア流刑となった。これも日本の武士道の美として特筆されるべき乃木大将の義挙であり、また日本国民の誇りとすべき快挙でもあろう。
むろん、これらのほかにも特記すべき逸話は多い。勝典、保典の二子の戦死に「よくぞ死んでくれた」と述べたこと、凱旋帰国の大歓迎を喜ばないのみか、多くの日本兵を死に追いやった重責を心から悔いていたこと、学習院院長として皇族に正統な帝王学を学ばしめたこと、明治天皇の崩御の後に、崩御を悼んで妻の静子と共に殉死を遂げたこと等々、それらの中から何を取るかは授業者の考え次第である。
さて、これらを教え、伝えた後に「考え、議論」に導くにはどんな方法が考えられるだろうか。――

私の高校時代を思い起こせば、世界史の授業において、先生が日露戦争の件を教えるとき、多くの兵士を死なせた乃木大将をひどくさげすんでいました。その先生に対して、私は反論すらできず、ただ聞いていましたが、悲しむというよりも怒りを覚え、「なぜこんな教育をするのだろうか」と高校生ながらに思いました。しかし、そのときに、先生に教えられたことを素直に受け入れず、「この見解は私のとは違う」といろいろと考え、思いをめぐらせられたことが、自主的に物事を思考できる人格形成に役立ったのではないかと、今は思えます。

「乃木希典」という一人の人物について思うとき、私の人生について考えることにつながるのは面白いことであり、不思議なことでもあり、幸せなことでもあります。これからも敬愛し続けることに疑いの余地はありません。

 

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