言葉の力―― 問題:同居する母から「独り暮らし」の提案。引き留めたいあなたは、何と言葉をかけますか?

 こんにちは。オンラインショップの小林です。
 同居をしていると、親子で言い合いになってしまうことがあります。いつもなら平行線の話し合いも、ある言葉がきっかけで、晴れた明るい心を取り戻せることも……。今回は、義母と夫の“親子愛”を感じたエピソードをご紹介します。

答えは、心のなかに。- 心を伝える「言葉の力」

 先日、洗濯物を干していた私に、夫が話しかけてきました。
「お母さんが、孫の夏休みの思い出に、故郷の美味しいお寿司を食べさせたいから連れて行ってと言うんだ。君は一緒に行ける?」

「そういえば、お義母さん。そのことが入院中からの望みだったみたい。退院した日も、あの店に孫を連れて行って一緒にお寿司を食べたいって話していたよね。ただ、あいにく今日は仕事があって私は行けないから、3人で行ってらっしゃい」と、私。
 

リビングへ戻ると……
「よし! 用意ができたぞ。2人で行こう! 」と、夫が義母に声をかけているところでした。
「あれ? なんで2人なの? 」と、間に割り込んだ私。
すると夫は、少しイライラとした口調で
「だって、お母さん。当初の目的からズレたこと言い出したんだ。だったらほら、お母さんから発表しなよ」と義母をまくしたてました。
 

ビックリ! 義母からの提案
義母は、私に
「今日、向こうに帰ったら、自分の家でしばらく独り暮らしをしようかと思うの」と。

思ってもみなかった提案に、「えっ? ……」と固まってしまった私。
すると夫が
「そうだろ? “えっ?” って反応だよな! 皆、あの家でお母さんに独り暮らしをしてほしいなんて思ってないんだよ。孫だって、そういうことならお寿司は食べに行かないって言ってるんだ」
 

黙り込む母
 夫は声のトーンを少し下げて話を続けました。
「お母さん、これまでの経緯や、向こうの家の状況をちゃんと理解してますか? 」と言うと、この4ヶ月間に起きたことを順々に話し始めました。

  • 4ヶ月前に自分の家で倒れた
  • 10日間の入院後、そのまま息子の家に同居
  • 1ヶ月間で元気になり、息子の家の近くにアパートを借りた
  • 自分の家から、生活に最低限必要なものをアパートへ運んだ
  • アパートで1か月間、独り暮らしをしていた
  • 食事に行く約束をしていて迎えに行ったところ、布団のなかで意識がなく呼吸も弱い母を発見
  • 20日間入院
  • 退院後、再び同居を始めた。またいつ倒れるか心配だから、この家にずっと同居してもらうことになった

 

それでも、義母は「帰りたい。今度はきっと大丈夫だから」と言います。
 夫は淡々と説明を続けました。
「正直、今のお母さんには記憶や判断能力がない部分が多い」
そう言うと、義母の横に置かれた荷物を指さしました。そこには、紙袋が3つほど。

「お母さんは、独り暮らしをするつもりで手荷物を用意したみたいだけど、向こうの家には冷蔵庫も洗濯機も、鍋すらないんだよ。この程度の荷物では足りない。それに、お母さんには記憶がない部分があって、向こうには、それを理解してくれる人がいない。だけど、ここにいれば、故郷の話も、この場所の話も、病気の話も、病院の話も、なんだってできるじゃないか。なんだって俺が聞くよ
 

涙を流した母。
 夫は押さえていた感情を少しずつ吐き出すように話を続けました。
「向こうの家は、お母さんが今、独り暮らしをするのに一番難しい場所なんだ。これが、この近くのアパートだったらまだ話はわかる。アパートには家具が全部揃っているから。

 本来なら、この家で一緒に暮らして、毎日、お母さんがちゃんと息をしているか確かめたいんだ。だって、この短期間に2回も倒れて、前回は俺が倒れているお母さんを発見したんだよ。あの時は、息をしてないんじゃないかと思って本当に怖かった。だから、これからは見守りたい。皆だって見守りたいんだ。

 もし、ここに居るのが悪い気がするとか、迷惑をかけているんじゃないかって思って独り暮らしをしたいと言っているなら、その必要はない。一言でも、誰かそんなこと言った? 誰も言ってないだろ? どっちかっていえば、向こうで独り暮らしをするって言うほうが迷惑だよ」と。
 

「わかった。わかったよ」
義母はそう言うと、私に
「ともちゃん、ごめんね」と言いました。
 

まさか、迷惑をかけていると思っての提案だったとは思ってもみなかった、私。
 義母の複雑な心境を思って、泣いている義母の肩を抱きしめたくなってしまいました。
 励ますつもりだったのに、私も溢れる涙を抑えきれず
「謝らないで。誰でもあること。私も、同じ。悪いなんて思わないで、ここに居てね」
と、そう言うのが精いっぱいでした。
 

同居してから初めて、家族皆で心の触れ合いができた、そんな出来事でした。
こうして、家族全員、晴れた明るい心に戻ることができたのです。
 

頑なな母の心をほどいた言葉の力

「ここにいれば、故郷の話も、この場所の話も、病気の話も、病院の話も、なんだってできるじゃないか。なんだって俺が聞くよ」
 今にして思えば、ここから義母が変わったように思えるのです。
 

どんな話も聞いてもらえるって、とても幸せなことですよね。
 自分を受け入れてもらっているという安心感がありませんか?
 
 夫が母にかけた言葉には、
“どんなお母さんも受け入れる。俺はその覚悟でいるんだよ”と、
まるで、そんな真摯な気持ちが込められているかのようでした。

その一瞬で、義母の心は、
“ここに居ても大丈夫なんだ”と、思うことができたのでしょう。

そして、
「ともちゃん、ごめんね」という義母の言葉には
“ここで、皆と一緒に幸せになるんだ”という、希望と決意が込められていたように私は感じました。
だから、そんな母に私も、“安心して、ここで幸せになってほしいな”と、そう思うのです。

なんだか、幸せの連鎖が起きたかのようですね(笑)
 
 

「言葉の力」で広がる幸せ

 ここで、『ニューモラル 心を育てる言葉366日』から、8月19日「言葉の力で広がる幸せの輪」をご紹介します。

――感謝の言葉、勇気を与える言葉、励ます言葉、幸せを願う言葉、苦しみを和らげる言葉……。私たちは言葉に多くの思いを込めて、相手に伝えます。言葉の持つ力は、それを発する人の心によって大きく変わるのではないでしょうか(抜粋)――
 

言葉の力は本当にすごいですね! あのときの夫の言葉には、それだけの思いが込められていた……。そんなことを、実感しました。