あるといいスパイス

こんにちは。オンラインショップ担当の小林です。
先日、柏市の市民公益活動団体が主催した「フットパスツアー」に夫婦で参加してきました。
普段は車でサッと通り過ぎ、その存在すら気づかないような小径を歩きながら、地元に残された歴史の名残や風景を楽しむ企画です。
ガイド役に、この地の歴史に詳しい先生をお迎えして、約6kmの道のりを約6時間かけ10ヶ所の見どころポイントをまわります。10代から80代まで、幅広い年齢層の20名が参加しました。

「これから歩くこの道は、いつも皆さんが使われているあの大通りの裏道といった感じです。道幅は狭くデコボコしていたり、決して良い道とは言えないかもしれません。しかしその昔、あの大通りには川が流れ、この道が村と村をつなぐメインストリートだったんです。約50軒ほどの家があったといいます」と、先生。
こうして情緒ある道を辿って、古くは縄文時代から明治時代までの歴史の名残を楽しんできました。

さて、第6ポイントにさしかかったときのことです。その場所は戦国時代に築かれたという山城の跡。アップダウンのある山道を歩いていると、足の付け根の関節がだんだん痛くなってきました。
万歩計を見ると、自宅からここまでの歩数が10,000歩を超えています。
「どうりで、足が痛くなるわけだ~」と、普段から運動不足の私。
ふと、私の目の前を歩いている知人のことが気になりました。
「大丈夫ですか~? 足元、気をつけてくださいよ~」と、声をかけると
「な~に言ってるの! 私はこれでも、かつては山男だよ。いろんな山を歩いてきたんですからね~」と、その方。ついには、どんどんと先に進んでいってしまいます。
すると夫が笑いながら、私に
「足が痛い人に言われたかないよ~。あなたこそ、人の心配している場合じゃないだろ~」と。

確かに(笑)
でも、このとき思ったのです。
自分に余裕があるから人の心配をしているわけじゃなく、人の心配をするから自分自身の気持ちも強く持っていられるんじゃないかと!
ゴールに到着し、万歩計を見ると約18,000歩。
「無事にゴールできましたが、疲れましたね」と、知人に声をかけると
「心配するんだもの。僕もちょっと早く歩いたりして、かっこつけちゃった。さすがに疲れたから、ここから自宅まではゆっくり歩いて帰るよ。それにしても僕、けっこう歩くの早かったでしょ? 今度は山に行こうか? 」とにっこり笑った知人。体力と自信が戻ったら、もう一度山歩きをされたいのだそうです。
「私でも行けるようなところですか? ほとんど車移動できるなら、ご一緒します」と、しょうもない私です(笑)

「心配」は“する側”も“される側”のどちらも、ちょっと無理をしている証拠ですが、
心配することで、気持ちを強く持とうとした私。
心配されることで、奮起した知人。
それぞれに、あるといいスパイスなのかもしれません。

ここで、『総合人間学モラロジー概論――互敬の世紀をひらく道徳原理』「第3章 道徳共同体をつくる」から一節をご紹します。
――忘れてならないことは、ケアとは、決して一方的に強いものが弱いものを支援したり導いたりすることではないということです。豊かな側に立つものが弱者に対して金銭を与えたり、物を与えたりするだけの一方的な関係ではありません。ケアの関係とは、心が通い、感謝し励まし合う関係です。
赤ちゃんを育てる母親は、乳を飲ませるたびに、無力でか弱いはずの乳児の「いのち」に力づけられ、自身が生きることを励まされ、支援されていると実感します。障害者を支援するボランティア活動にあっても、どちらが励まされているのか、しだいに分からなくなるくらい、互いに強い影響を受け合い、与え合います――

いつか山歩きをご一緒できるように、普段からなるべく歩いて体力をつけようと思う小林です。

 

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