先輩教諭の無言のアドバイス ~学校のちょっといい話~
新卒三年目、少しずつ教職にも児童の扱いにも慣れてきた頃でした。五年生の学級担任になりました。学級の児童は、特に問題はなく落ち着いていました。ところが六月、一人の男の子が転入して、大きく変わりました。
転入生のA君は、言動が粗暴の児童でした。全校朝会の整列時に朝礼台の上に乗って、当時はやっていたゴレンジャーの踊りをする。友達のものを盗む。手に自分のつばをはいて、女の子につけたり汚い真似をしたりする。善悪の判断がつかない子でした。もちろん、授業中はじっとしていることはありません。そんなA君は、元気がよくどこか愛らしさを持っていました。
どうしたらよいか、私は困りました。まだ経験の浅い私にとって、その対応を知る訳がありません。家庭訪問をして、保護者に報告したり相談したりしましたが、効果はありませんでした。
夏休みが終わって二学期が始まったころ、私と公私とも親しくしてくれる野球の大好きな先輩のT教諭が、A君に自分の使っているグローブをプレゼントしてくれました。A君は放課後に学校へ来て、プールの壁にボールを当てて遊んでいました。次の日も、同じ光景を見ました。私も校庭に出て、A君とキャッチボールをしました。学級の子供たちは、野球が好きで地域の野球チームに入っていますが、ボールを捕るのがやっとのA君の相手をする者は誰一人いませんでした。
次の日もA君は来て、一緒にキャッチボールをしました。少しずつ捕ることが上手になって、三週間後には、私がバットを持ってノックをし、A君が捕球をしました。私がA君に付き合えない日は、先輩のT教諭が彼の相手をしてくれました。まだ下手ですが、
そのうちに学級の子供たちも試合にA君を入れてくれるようになりました。少しずつですが、A君が野球を好きになるのと反比例して、友達への粗暴な振る舞いや汚いことがなくなっていきました。
宿題をすることや授業中静かに勉強することは十分ではありませんでしたが、友達への意地悪やけんかはなくなりました。
それから、何年か経って、私の異動先を聞いて、A君は私に会いに来ました。テレビドラマのエキストラになってテレビに出たことを楽しく話してくれました。
(『学校のちょっといい話』より)