「せい」から「おかげ」へ

「~のせいで気が重くなった」 「~のおかげで楽しい時間を過ごせた」……日ごろ、何げなく使っている言葉です。「~のせい」と「~のおかげ(おかげさま)」という言葉を使うとき、私たちはどのような心をはたらかせているでしょうか。新しい年の始まりに、日常の心づかいをあらためて見つめてみましょう。

■初詣で何を祈る?

このお正月、初詣として神社やお寺に参った人も多いことでしょう。健康祈願、学業成就、家内安全、商売繁盛……。皆さんは、どんなことを祈ったでしょうか。

こんな話があります。神社やお寺に参って“ああしてください、こうしてください”と願うのは、神仏に請求書を送りつけるようなものだ、というのです。こうした「請求書の祈り」によって自分の幸福だけを祈っているうちに、私たちは、いつしか利己的な考えに凝り固まってしまうのかもしれません。

これに対し、今のこの状態を幸せと思って“ありがとうございます”と感謝する「領収書の祈り」は、私たちを幸福にしてくれるということです。
(参考=ひろさちや著『「宗教」の読み方』鈴木出版)

考えてみると、私たちは自分の現状に不満があるときほど「請求書の祈り」をしたくなるようです。ところが、そうしたことを考えれば考えるほど、不平や不満がますます募っていきます。そうであるなら、“今が一番幸福だ。ありがたい”と感謝できる人のほうが、心の穏やかさを保つことができるのではないでしょうか。

■見えない「おかげ」をいただいている

会社員のTさんの、若いころの体験です。

社会人として5年目を迎えたころ、Tさんは入社以来所属していた営業部門から製品管理課に異動になりました。しかし、営業の仕事にやりがいを感じていたTさんは、新しい部署になかなかなじめませんでした。先輩から細かいことまで注意を受けることも、原因の一つでした。

Tさんは“これも仕事だ”と自分に言い聞かせて努力するものの、うまくいかないことがあると、こんな気持ちがわき起こるようになりました。

“上司のせいで異動になった”

“会社は自分の持ち味をまったく理解していない”

“うるさい先輩のせいで、いやな思いをしなければならない”

そして、こうしたことを考えれば考えるほど、不平や不満がいっそう募り、仕事に身が入らなくなっていったのです。

――こんなとき、どのような心の持ち方をすればよいのでしょうか。

まずは冷静に振り返ってみましょう。“いやな思いをさせられている”と思う相手であっても、同じ職場で仕事をしていれば、自分のほうが相手に迷惑をかけたり、相手のお世話になったりしている面もあるでしょう。そうした事実を「おかげさま」という感謝の気持ちで受けとめることができたら、その相手とも、幾分か前向きな気持ちで向き合えるようになるのではないでしょうか。

そうすると、自分の心を重くしている「~のせいで」という思いも前向きにとらえ直すことができるかもしれません。

“どんな仕事も貴重な経験。この仕事も、きっと将来『経験しておいてよかった』と思うときが来る”

“先輩は自分の成長を願って、厳しく指導してくれている”……

■人生を切り拓く「おかげさま」の発想

「せい」という言葉は、好ましくない結果を生じさせる原因・理由を指して「失敗を人のせいにする」「年のせいかよく物忘れをする」といった使い方をします。

これに対して「おかげ」という言葉を使うときは「君のアドバイスのおかげで元気が出た」「おかげで仕事が順調に進んだ」というように、多くは好ましい結果を生じさせる理由を表します。

私たちは何か苦しいことがあると、その原因を他の人や自分の境遇に求めて“あの人のせいで、自分が苦労しなければならない” “こんな境遇のせいで、つらい思いをしなければならない”と思うことがあります。そうしたことを考えれば考えるほど、心は暗く、重くなります。

しかし、ここで「~のせい」という言葉を「~のおかげ」に置き換えるとどうでしょうか。きっと、後に続く言葉が変わるはずです。

“あの人のおかげで、自分の未熟さに気づくことができた”

“この境遇のおかげで目標が明確になり、あきらめずに努力することができた”

というように。

このように、どんなときでも感謝の心を忘れず、苦労や苦難をも「おかげ(おかげさま)」という発想で受けとめることができるようになれば、人生はよりよい方向へと導かれていくのではないでしょうか。

(『ニューモラル』557号より)