「聴く」は思いやりの始まり

自分の言いたいことが相手にうまく伝わらず、苦心した――そんな経験は、誰もが持つものでしょう。
一方で、自分自身は相手の話をどのように聞き、相手の気持ちをどのくらい汲み取っているでしょうか。

■「聴く」という姿勢

「耳は二つ、口は一つ。だから、自分が話す二倍は相手の話を聴きなさい」ともいわれます。これは、よい人間関係を築くためには、話すことよりも聴くことが大切であることを示したものです。

人が会話をする動機の一つに、自分の考えや思いを知ってもらいたいという気持ちがあることは、言うまでもありません。

自分の気持ちを分かってくれる相手と一緒にいるとき、私たちは安心し、うれしくなるものです。一方、話しかけた相手が、こちらの話をよく聞こうとしてくれなかったら、話そうとする気持ちは萎えてしまいます。

では、相手の話を聴く際、具体的にはどのようなことに気をつければよいのでしょうか。例えば、次のようなことが挙げられます。

•相手としっかり向き合う
•相手の目をじっと見て聴く
•うなずきながら聴く
•相づちを打ちながら聴く

「傾聴」という言葉があるように、相手の話を熱心に聞こうとするときは、相手のほうに目や体を傾けるものでしょう。また、「うなずき」や「相づち」は、話し手に対する「あなたの話をしっかりと聞いていますよ」というメッセージになります。

相手が自分のほうに体を向けて、じっと目を見て聴いてくれていれば、「ああ、この人は私の話を一所懸命に聴いてくれている」と思うことでしょう。反対に、何か別なことをしながら、体をよそに向けて、キョロキョロしながら聞いていれば、話している人に「この人は私の話を聞く気がない」という印象を与えるでしょう。

相手に心を向けて積極的に聴こうとする意識は、こうした目に見える姿勢やしぐさとなって表れるのです。

■大きく包み込む心で

「聞く」とは、耳で音や声を感じ取ることで、聞こえるという意味です。

一方、「聴く」は、注意して耳を傾けることで、「受け入れる」「ゆるす」「したがう」という意味もあります。相手が何を言おうとしているのか、その心に寄り添って聴くことは、相手を許し、受け入れることにつながるのでしょう。

相手を受け入れるためには、まずこちらの心が開かれていなければなりません。ちょうど、赤ちゃんが何かを言おうとしているとき、親には「この子は何を言おうとしているのだろうか」と、赤ちゃんの全人格を大きく包み込むような心が湧いてくるようなものです。

こちらが心を開いて「何を話しても大丈夫ですよ」という態度を相手に示すことができたとき、初めて相手の言うことを受け入れる準備が整ったといえるのではないでしょうか。また、心にゆとりを持って聴くことは、相手に対する寛容さや優しさの表れであるといえます。

■相手の立場に立った思いやりの心

人はそれぞれに異なる考えを持っているものです。自分とは異なる意見を持つ人に対しても、その心に寄り添ってしっかり「聴く」ということは、なかなかできないことかもしれません。ですから、ふだんから、相手に心を向けることを心がけてみてはいかがでしょうか。例えば、挨拶をするにも会話をするにも、一つ一つの言動に「相手の立場に立った思いやりの心」を込めてみるのです。

私たちは、温かい心と相手を憎む心を同時に使うことはできません。ふだんから温かい心を発揮するように努めることで、相手が思いがけないことを言ったときも「許す心」で、相手の言うことに耳を傾けられるようになっていくのではないでしょうか。

そして、ありのままの相手を受け入れる心があれば、相手との間に深い信頼感と絆が生まれ、豊かな人間関係を築いていくことができるでしょう。

相手の心に寄り添って、相手の発するメッセージを「聴く」ことこそが、思いやりの始まりなのです。

(『ニューモラル』523号より)