地域のつながりを次代へ ~ 道徳授業で使えるエピソード~

少子高齢化をはじめとする社会の変化の中で、地域での人と人とのつながりや助け合いの大切さが、今、あらためて見直されてきています。
困ったときにも支え合うことのできる「安心で住みよい地域」をつくり、これをまた次の世代にも受け継いでいくためには、住民1人ひとりの意識を高めることが不可欠です。
今回は「地域のつながり」の育み方について考えます。

■お囃子に誘われて

小学校3年生の将太君は、今年の春、お父さんの故郷の町に引っ越してきました。おじいさんが亡くなってからずっと1人暮らしをしていたおばあさんと、一緒に住むことになったのです。
新しい学校にも慣れて友だちも増えてきた、6月のある夜のことです。お父さんの友だちの竹内さんが訪ねてきました。
「将太君、こっちの生活には慣れてきたかい?」
「うん」
「それはよかったな。ところで将太君、今度の夏祭りで、お囃子をやってみないか? 山車の上で、太鼓をたたくんだ」
「僕、太鼓なんて、やったことがないけど……」
「大丈夫、大丈夫。練習すれば、すぐにうまくなるから」
ここは古くからの歴史のある町で、ふだんは静かなのですが、年に1度、夏の大祭のときは華やかな山車が何台も引き出され、町内を巡行します。山車の上で演奏されるお囃子も古くから伝わるもので、にぎやかな笛や太鼓の音色が祭りをいちだんと盛り上げます。
竹内さんは子供のころからお囃子に参加しているそうで、今では世話役を務めています。隣で話を聞いていたお父さんも、一緒になって勧めます。
「お父さんも昔、たたいたことがあるんだ。大変だったけど楽しかったから、よく覚えているよ。亡くなったおじいちゃんも、子供のころにたたいたと言っていたな。将太もやってみるといいよ」
将太君は“大変そうだな”と思ったのですが、とりあえずやってみることにしました。

■初めての稽古

その週末、稽古の会場になっている集会所に行ってみると、小学生から大人まで十数名が集まり、すでに準備を始めていました。将太君は少し不安でしたが、竹内さんの姿を見つけて挨拶をすると、同じ年ごろの子たちを紹介してくれました。
小学生はみんな小さな太鼓を担当していて、笛やその他の楽器は中学生以上が担当するようです。
太鼓の指導をしてくれるのは、山中さん(78歳)というおじいさんと、中学生のお兄さんたちです。最初は上級生がたたくのを見ていた将太君も、しばらくするとバチを持たせてもらうようになりました。
「トントン、トトトン、トン、トトトン」
山中さんの声に合わせて、見よう見まねでたたいてみるのですが、なかなかリズムが合いません。一生懸命ほかの子たちについていこうとするうちに、初日の練習は終わりました。
それから将太君は、毎週末の稽古に通うようになりました。中学生は自分たちの笛の練習の合間を縫って、交替で小学生の指導に当たってくれます。将太君も練習のかいあって、だんだん拍子がとれるようになり、難しい曲も少しずつ教えてもらえるようになりました。
将太君は新しい曲を覚えることが楽しくなって、気がつくと家でも拍子を口ずさむようになっていました。毎週末の稽古も、みんなに遅れないようにと、1日も休まずに参加しました。

■受け継がれる伝統

いよいよ夏祭りが近づいてきた、ある日のことです。山中さんは、将太君たち小学生を集めて、江戸時代から続いているというお祭りの歴史について話してくれました。
やがて、話は山中さんの子供のころのことに及びました。
「おじさんが今のみんなと同じくらいのころ……もう70年近く前になるね。戦争が終わって、しばらく中止していたお祭りを復活させようとしたんだけど、そのころにはお囃子のできる人が、ほとんどいなくなってしまっていたんだ。
そのとき、町の青年団の人たちが『長い間続いてきたお祭りを、自分たちの代で絶やしてはいけない』と言って、仲間を集めて猛練習を積んだそうだよ。
当時、小学生だったおじさんたちも、そのころに初めてお囃子を教わってね。将太君のおじいさんは私の1つ年下で、競争するようにして、みんな夢中で稽古をしたんだ」
将太君は亡くなったおじいさんから、直接こういう話を聞いたことはありませんでした。でも、子供のころのおじいさんが、自分と同じように太鼓をたたいている姿を思い浮かべると、なんだか不思議な気持ちになってきました。
「上級生が下級生に教えるというのも、おじさんたちが子供のころから、ずっとやってきたことなんだよ。こうして長い間、お祭りを続けることができているのは、とてもすばらしいことだね。
みんなもこのお祭りを未来へ受け継いでいく1人として、誇りを持って本番に臨んでください」

■お互いさま、おかげさま

近年、「地域のつながり」の大切さを見直す動きが、全国各地で見られるようになりました。特に平成23年の東日本大震災以降、ふだんから心を通わせ合う温かい人間関係があってこそ、非常時の助け合いにも大きな力が発揮できることを、多くの人が実感したためでしょう。
現在、祭りのような伝統行事や交流・親睦を目的としたイベントだけでなく、福祉や環境美化、防犯等、地域を支える活動が各地で行われています。こうした活動に参加する有志の間でしばしば聞かれるのが「お互いさま」「おかげさま」という言葉です。そこには“自分もいろいろな人のお世話になっているから、できることはさせていただこう”という「恩返し」の気持ちが感じられます。

■次の世代を育てる

こうしたつながりの中でも特に大切にしたいのが、世代を超えた「縦のつながり」です。
かつての日本の地域社会では、自分の子であるかないかにかかわらず、子供が悪いことをすれば大人が注意をし、危険がないように見守るという連帯感や教育力がありました。しかし都市化が進む中では、人と人とのつながりが薄れてきたことを危惧する声が聞かれ、教育力再生のための取り組みも推進されています。
しかし、何より大切な第一歩は、子供も含めたごく身近なご近所の人たちと、日ごろから明るい挨拶を積極的に交わし、安心のある温かい人間関係を築いていくことでしょう。
そして、古くからの住民が多い町にも、比較的新しくできた町にも、それぞれに成り立ちがあり、その地域づくりに貢献してきた先人たちの存在があります。先人から受け継いだ地域を、よりよい形で次の世代に引き渡していくこと──それは、その地域で暮らすすべての人の務めです。そうした意識を持つ大人たちの後ろ姿があってこそ、子供たちも自然と自分の町に対する愛着や誇りを持ち、「地域を支える一員」として育っていくのではないでしょうか。

■「この町の子供」になる

さて、いよいよ夏祭りの本番です。
将太君はこの数か月間、一緒に練習を積んできた仲間たちと、そろいの法被を身にまとい、山車に乗り込みます。まだ数曲しか演奏できない将太君にとっても、山車に揺られながら懸命に太鼓をたたくのは、とても楽しい経験でした。
山車の進行に合わせて笛の音色が変化していく様子は、特にみごとなものです。大人に交じって笛を吹く中学生の姿は、とても格好よく見えました。
“僕も早く笛を吹けるようになりたいな。……そのころには、僕も小さい子たちに太鼓を教えるようになるのかな”
そんなことを考える将太君は、すっかり「この町の子供」になったようです。

(『ニューモラル』552号より)

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