「ありがとう」は元気の源 ~ 道徳授業で使えるエピソード~

毎日の生活の中で交わされる言葉は、私たちの心に大きな影響を与えます。例えば、感謝に満ちた言葉を受け取ったときは、自分が相手から認められていること、相手の役に立ったことを感じて、大きな喜びと充実感を味わうことでしょう。
今回は、きわめて基本的で身近な言葉の1つである「ありがとう」について考えます。

■「ありがとう」に元気づけられる

ある日、中西さん(46歳)が居間でテレビを見ていると「台風の影響で野菜が高騰している」というニュースを伝えていました。
「だから主婦はやりくりが大変なのよ」
妻の陽子さん(44歳)が、お茶を出しながら話しかけてきました。陽子さんは昨年からスーパーマーケットに勤め、レジを担当しています。
「きみのところの店はどうなんだ?」
「うちは仕入先に恵まれているみたいで、できるだけ価格を抑えているのよ。お客様からは、会計の後で『ありがとう』と言われることもあるわ」
「思ったより品物が安いからかな」
「それもあると思うけど……。でも、理由がどうであれ『ありがとう』と言われると、本当に元気づけられるわね。職場でも『おかげで “この仕事をやっていてよかった” と思えるし、疲れていても笑顔で頑張れる』って話しているのよ。
そういえば『こうやって必要なものが手に入るというのは、決して当たり前のことではないのよね』って言ってくださるお客様もあったわ」
その言葉を聞いて、中西さんには思い出したことがありました。

■当たり前? ありがたい?

それは先月、長男の拓也君(高校1年生)が「ノートパソコンを買いたい」と言ってきたときのことです。拓也君が「みんな持っているし……」と、いかにもそれが普通のことのように言うので、中西さんは「普通でも当たり前でもない!」と、厳しくとがめたのです。結局、学習のための調べものなどに使用することを約束して購入したのですが……。
「あの後、しみじみ思ったんだ。僕も子供のころ、親が自分にしてくれることはなんでも当たり前だと思っていて、『ありがとう』なんて言えなかったなって。就職して1人暮らしを始めたとき、食事をつくったり、掃除や洗濯をしてくれていたことのありがたみがようやく分かって、“これからはできるだけ感謝の気持ちを表そう”と思うようになったんだ」
「そうだったの。でもあなた、さっきお茶を出したとき……」
「あっ、いけない。ありがとう」
中西さんは、もっと素直に「ありがとう」を言うようにしようと、あらためて思うのでした。

■「ありがとう」の効用

「ありがとう(有り難う)」とは、「そのように有ることが難しい」という意味です。それは「当たり前ではない」ということでしょう。
与えられている状態を「当たり前」と思ってしまうと、そのありがたみには気づきにくく、「ありがとう」という言葉も出にくいものです。特に近しい間柄であればあるほど、「分かっていてくれて当たり前」「自分も務めを果たしているからお互いさま」などと思い、感謝の気持ちが湧かないことがあります。例えば子供が親に対して「食事をつくってくれて当たり前」と思ったり、職場でも上司が部下に対して「この程度はやって当たり前」などと思ったりすることはないでしょうか。
しかし、何事も「当たり前」のことはないはずです。毎日元気に生活ができるのは、自然の恵みをいただくとともに、父母をはじめ、多くの人たちや社会の恩恵を受けているおかげでもあります。
人から何かをしてもらったときは、素直に感謝のメッセージを伝えたいものです。そうすることで、お互いの心は温かくなり、人間関係もよりよいものになっていくことでしょう。
そして「ありがとう」のひと言で、よりよく生きる元気が湧いてくることもあるのです。

■人生を変えた「ありがとう」

元NHKアナウンサーの鈴木健二氏は、自著『ありがとう物語』(モラロジー研究所刊)の中で、次のような実話を紹介しています。

生きることに疲れ果て……

数十年前のこと。ある男性が、妻と2人の子供を残して交通事故で亡くなりました。しかも事故の加害者とされたため、残された家族は、弁償のために家を売り払わなければならなくなったのです。その後、知人宅の納屋に住まわせてもらうことになったものの、そこは納屋ですから、裸電球をつけなければ昼間でも室内は真っ暗です。水道は屋外にあったものを使わせてもらい、煮炊きは七輪に火をおこして行いました。
お母さんは早朝からビル清掃の仕事に出かけ、昼は子供たちが通う小学校で給食の手伝いをし、夜も料亭で皿洗いをするという毎日でした。そんな生活が2年も続くと、さすがに疲れ果てたようです。
ある朝、お母さんは小学校5年生の長男の枕許に「今夜は豆を煮ておかずにしなさい」という手紙を置き、つくり方を書き添えて仕事に出かけました。しかしそのとき、お母さんは “子供たちと一緒に死んでしまおうか” とまでに思い詰めていたのです。そしてその夜遅く、子供たちが寝静まったころに、睡眠薬を大量に買い込んで帰ってきました。

「お母さん、ありがとう」

――お母さんはふと気がつきました。お兄ちゃんの枕許に紙が置いてあり、そこに何か書いてあるようなのでした。お母さんはその紙を手に取りました。そこにはこう書かれていたのでした。
「お母さん、おかえりなさい。
お母さん、ボクはお母さんの手紙にあった通りに豆をにました。豆がやわらかくなった時に、おしょうゆを少し入れました。
夕食にそれを出してやったら、(弟が)お兄ちゃん、しょっぱくて食べられないよと言って、ごはんに水をかけて、それだけ食べて寝てしまいました。
お母さん、ごめんなさい。でもお母さん、ボクはほんとうに一生けんめい豆をにたのです。
お母さん、あしたの朝でもいいから、ボクを早くおこして、もう一度、豆のにかたを教えて下さい。
お母さん、今夜もつかれているんでしょう。
お母さん、ボクたちのためにはたらいてくれているんですね。
お母さん、ありがとう。
おやすみなさい。さきにねます」
読み終わった時、お母さんの目からはとめどなく涙が溢れました。
「お兄ちゃん、ありがとう、ありがとうね。お母さんのことを心配してくれていたのね。ありがとう、ありがとう、お母さんも一生懸命生きて行くわよ」――
(前掲書)

お母さんは、豆の袋に残っていた1粒の豆を、長男の書いた手紙に包みました。そして、それをいつも肌身離さず持っているということです。
もしこの手紙がなかったら、一家はお父さんの後を追っていたことでしょう。それを救ったのは、子供の「お母さん、ありがとう」の言葉だったのです。

■感謝の言葉が幸せを生む

「ありがとう」という感謝の言葉を素直に言えたとき、私たちの心は温かくなります。その言葉を受けた側も心が温まり、元気が出ることでしょう。「ありがとう」という言葉は、感謝の言葉であるだけでなく、相手を受けとめる言葉であり、癒しを与える言葉です。愛を受けとめたり、心を癒したりして、人間関係を円滑にする言葉でもあります。
世の中に「当たり前」のものは何もありません。家庭でも、学校でも、職場でも、地域社会でも、感謝の対象は日常生活の中にたくさんあることでしょう。日々、素直に「ありがとう」と感謝の気持ちを表して、心の温かさや喜び、感動といった幸せな気持ちを感じる時間を増やしていきたいものです。

(『ニューモラル』542号より)

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