「誰か」がやるべきこと ~ 道徳授業で使えるエピソード~

家庭や学校、社会生活の中では、1人ひとりがさまざまな役割を担っていますが、その中には「この人がやるべきこと」と明確には定まっていないものも多くあります。しかし、誰かが率先しなければ物事は進まないものです。そうした役割を、私たちはどのように受けとめればよいのでしょうか。

■僕に押しつけて……

7月上旬のある日。高校2年生の信司君のクラスでは、10月に催される文化祭の出し物についての話し合いが行われていました。
「……多数決の結果、クラスの出し物は人形劇に決定しました。あとはまとめ役を決めて、その人を中心に内容を詰めていってもらいますが、誰かやってくれる人は……」
進行役の委員長の言葉に「それならこの案を出した信司がいいんじゃない?」という声が上がりました。信司君は慌てて立ち上がります。
「ちょっと待ってよ! 僕、サッカー部で大会に向けた練習もあるし、忙しいんだけど……」
ところが、教室の中は「ほかのみんなだって、同じようなもんだよ」という雰囲気です。多数決を行ったものの、結局、信司君がまとめ役に選出されてしまいました。もう1人、この案に賛成した優奈さんも選ばれ、2人で企画を詰めていくことになりました。
信司君は “みんなは調子がよすぎるよ。委員長に「何か案はないか」って指名されたから、思いついたことを適当に言っただけなのに。まとめ役まで僕に押しつけちゃって……” と、どうにも納得がいきません。
ホームルームが終わると、信司君は無言のまま部活へと向かったのでした。

■忙しい人はいっぱいいる

数日後の昼休み、教室を出ようとする信司君を、優奈さんが呼び止めました。
「文化祭の人形劇、夏休み前に決められることは決めておこうよ」
信司君は面倒くさそうに答えます。
「この前も言ったけど、僕、部活で忙しいんだ。考えておいてよ」
「そんなこと言わないで。忙しいって言うけど、そんな人はいっぱいいるよ。私だって吹奏楽部の練習があるんだから」
そう言い返されて、仕方なく放課後に30分だけ打ち合わせをすることになったものの、信司君は依然としてやる気を見せないため、話が進みません。「演目は何にするか」「どんな舞台や小道具が必要か」などと話しかけていた優奈さんも、途中から口数が減っていったのでした。

■おじいちゃんの後ろ姿

その夜、信司君が自宅に帰ると、父親の達也さんの実家から荷物が届いていました。
「おばあちゃんからだね」
「そう、信司の好物の桃よ。毎年ありがたいわよね」
信司君と母親の美代子さんの会話を聞いていた達也さんは、思い出したようにこんな話を始めました。
「おじいちゃんとおばあちゃんが、日用雑貨や農業用品を扱う店をやっていたことは知っているよな。2人とも毎朝6時前から店の前を掃除して、夜は8時近くまで営業していた。朝が早いのは、農家の方が作業前に必要な物を買いに来てもいいようにという配慮からだったんだ。
加えておじいちゃんは、毎朝近くの神社へ掃除に出かけたついでに、神社前の交差点で登校中の小学生の誘導もやっていてね。……今はそういう親の姿を誇りに思えるけど、子供のころはそうは思えなかった。いつも忙しくて、遊びになんて連れて行ってもらえなかったからね。友だちの家の話を聞くと、うらやましく思ったものさ」
「おじいちゃんは忙しかったんだね」と信司君。
「帰省したとき、おじいちゃんが神社へ出かけるのを見て、どうして小学生の誘導までやるようになったのか、おばあちゃんに尋ねたんだ。そうしたら、ある朝神社から帰るとき、子供たちがふざけながら交差点を渡ろうとしていて、事故に遭いそうになったことがあったんだって。それから自発的に始めたらしいんだ。
おじいちゃんって、仕事もそうだけど、人の役に立つことに喜びを感じているんだと思うよ。よく『お互いさま』『おかげさま』とも言っているけど、『自分も地域の人たちのお世話になっている』という思いもあるんだろうな」
信司君は、自分の中のわだかまりがとけていくのを感じるのでした。

■広がる協力の輪

翌日の放課後、再び打ち合わせをすることになった信司君と優奈さん。とりあえず図書室で資料を探し、次のホームルームまでに2人で大まかな基本案をつくることにしました。
数日後のホームルームの時間。2人が案を示すと、「小さい子にも分かりやすいように、童話にしようよ」「人形づくりは私たちに任せておいて」「じゃあ、舞台は僕たちが……」と、とんとん拍子で話が進んでいきます。信司君と優奈さんもひと安心です。
その夜、信司君の携帯に、こんなメールが送られてきました。
“どんな話をやるにしろ、音楽は任せておけ。楽しく盛り上げるよ”
ホームルームのときは無関心を装っていた、放送委員の健太君からでした。
一方、優奈さんには、友人の真美さんから “台本をつくるときは、私や由香も協力するから” というメールが送られてきたようです。

■「先にいただいている」という自覚から

私たちの社会生活は、職業上の役割だけでなく、町内会やPTA、子供会のお世話など、1人ひとりのボランティア意識によって支えられている部分も多くあります。また、もともと「誰の役割」と明確には決まっていなかったことでも、「誰かが率先してやらなければ物事が進まない」ということは、さまざまな場面で出てくるものです。そうした役割が回ってきたとき、 “面倒なことを引き受けてしまった” “どうして自分が……” と思うことがあるかもしれません。
そんなとき、どのように考えたらよいのでしょうか。
私たちは日々、さまざまな支えを受けて生活しています。 “自分の力で成し遂げた” と思えるようなことでも、そのほとんどは、周囲の人や社会の支えがあって成り立っているのです。
例えば、日常当たり前のように使っている電気・水道・交通・通信などのサービスも、その技術を開発した多くの先人の苦労の上に、現在の供給を支えてくれる人たちの努力があってこそ、私たちの便利で快適な生活が保たれているといえます。そうしたことを1つ1つ考えていくと、私たちは日ごろからたくさんの物事を「先にいただいている」といえるのではないでしょうか。
私たちは自分自身がいただいている「恩恵」を自覚して、感謝の心と共に“自分も何かのお役に立てるように”という気持ちを率先して持ちたいものです。皆がそう心がけるうちに、互いが互いを思いやれる、安心で活力ある社会が築かれていくのではないでしょうか。

(『ニューモラル』540号より)

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