「違い」を受け入れる ~ 道徳授業で使えるエピソード~
旅行や留学、仕事等で海外に滞在したり、外国人を迎えたりする機会も増えています。自分とは異なる生活習慣や考え方を持つ人々に出会ったとき、どのような心づかいで接したらよいでしょうか。
今回は、異文化交流の事例を通して「人と人とのかかわり」について考えます。
■白バラの国際交流
考え方や習慣の「違い」を乗り越えてよい人間関係を築くには、どのような心がけが必要でしょうか。次に紹介するエピソードの中にヒントがありそうです。
毎年5月になると、麗澤大学(千葉県柏市)のキャンパスでは「アラン&アイリーン・ミラー」という名のバラが、白く美しい花を咲かせます。それは、同大学の卒業生である葛西(旧姓鈴木)照美さんによって寄贈されたもので、世界のバラ名鑑『モダンローズ』に新種として登録された花です。
「アラン&アイリーン・ミラー」とは、照美さんがイギリス留学中(1993~1994年)にお世話になったホストファミリー、ミラー夫妻の名前です。その交流は照美さんの帰国後も続き、照美さんをわが子のように慈しんだ夫妻は、「遺産の一部を彼女に贈る」という遺言を残しました。
思いもよらない遺言に、一度は辞退した照美さんでしたが、そのお金で夫妻への感謝の気持ちをなんらかの形にして残したいと思い、新種の白バラにミラー夫妻の名前をつけることを思いつきました。夫妻はバラが好きで、照美さんが帰国する際も、庭に咲いていた白いバラを切り、「これを私たちだと思って、押し花にして持って帰って」と言って渡してくれたからです。
偶然にも大学の同級生にバラ育成の専門家である平岡誠さんがいたため、彼に新種の育成を依頼しました。こうして2007年5月、「アラン&アイリーン・ミラー」という名のバラが、麗澤大学の花壇に植樹されたのです。
遺産の一部を留学生に贈るというのも奇特なことですが、その資金で新種のバラにホストファミリーの名前をつけ、母校に寄贈した照美さんの思いも尊いものです。ミラー夫妻と照美さんとの間には、いったいどのような交流があったのでしょうか。
■家族の一員として生活する
照美さんは、大学2年次の夏休みから半年間、イギリスのコヴェントリー大学に留学し、ミラー夫妻宅にお世話になりました。
ミラー夫妻(夫・アラン、妻・アイリーン)にとって、照美さんは初めて受け入れた留学生です。不安も抱いていた夫妻に対し、照美さんは片言の英語に身ぶり手ぶりを交えて積極的に話しかけました。郵便物の出し方や銀行の利用の仕方、バスの乗り方など、分からないことはなんでも相談しました。
週末にはアイリーンさんと一緒にスーパーへ買い物に出かけ、毎晩一緒に料理をつくり、後片付けは照美さんが担当しました。
アランさんは運転手の仕事をしていたために夜勤があり、アイリーンさんと2人だけで夜を過ごすことがほとんどでした。アイリーンさんはテレビを見るよりは読書などをして静かに過ごすほうが好きで、そのそばで、照美さんは大学の勉強をしました。
照美さんはこうして相手の習慣を乱すことなく、生活の中に自然にとけ込んでいったのです。
■感謝の気持ちを素直に表現する
ミラー家の食事は、一般的なイギリスの家庭料理と同様、質素なものでした。
そんな中でも、アイリーンさんは「日本人の照美の口に合うかもしれない」と言って、ニシンのムニエルとご飯を出してくれたことがありました。ご飯といっても白米をゆでたものなので、炊飯器で炊いたご飯とは食感が違いますが、アイリーンさんの気持ちがうれしくて、照美さんはおいしく食べました。
この「焼き魚ご飯」が評判になり、日本人留学生たちがミラー家に集い、にぎやかになっていきました。地元の新聞には、ミラー夫妻の留学生への貢献を讃える記事が掲載されました。
夫妻は「今まで夫婦2人きりの生活だったから、最初はどうなるかと、少し不安だった。でも、今の私たちは本当にハッピー。平凡で単調だった毎日が、こんなに楽しくてすばらしいものになるなんて。これもあなたが来てくれたおかげ」と、照美さんに話しました。
このような気持ちを、いつもさりげなく伝えてくれる2人なのです。だから、照美さんも「私のほうこそ、お2人のおかげで充実した学生生活を送ることができます」と、素直に感謝の気持ちを表現することができました。
平日の食事は質素でも、日曜日はごちそうをつくってパーティーを開きます。夫妻は年をとってからの再婚同士で、2人の間に子供はいませんが、前の連れ合いとの間の子供がいて、孫もいます。日曜日には、お互いの子供や孫を招くのです。日本ではちょっと考えられないことですが、照美さんは「この家ではこうなんだ」「国が違うのだから違って当たり前」と思い、あっさり受け入れました。
お互いの家族に対して分け隔てなく愛情を注ぐ夫妻のおおらかな人柄と心の広さに、照美さんは尊敬の念を抱きました。
■“親の愛”に気づく
こんな出来事もありました。
ある晩、照美さんは男友だちの家に行く約束をしていたのですが、アイリーンさんには本当のことが言えません。そこで、女友だちの名前を借りて「○○の家に泊まるから」と、うそをついてしまったのです。その声の調子や様子からすぐに気づいたアイリーンさんは、「あなたはもう大人なんだから、そういうお付き合いがあってもおかしくはない。でも、私にうそをつくのは絶対にやめてちょうだい」と、厳しい口調で叱りました。照美さんは信頼を裏切ったことを反省すると同時に、実の娘のように接してくれたアイリーンさんに感謝し、その日は外出を控えることにしました。
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半年の留学期間は、こうしてあっという間に過ぎました。
照美さんは帰国の前日、言葉も不自由な異国育ちの自分を大きな愛情をもって迎え入れてくれた夫妻に、感謝の気持ちを伝えました。すると「あなたの日本の両親とは比べものにならないけれど、私たちも、あなたのことがとても大切なのだ」という言葉が返ってきました。
このひと言は、照美さんの心を強く打ちました。2人が自分に向けてくれる思いの深さを知ると同時に、それまで当たり前のように受けてきた“自分の両親の自分への愛情”にも気づかされたからです。照美さんは当時を振り返って、次のように述べています。
「以前は目新しいことを吸収する喜びばかりが前に出て、自分1人で成長しているかのような錯覚に陥りがちだった私が、“周りの人々の支えがあって、自分があるのだ”と、心から感謝できるようになったのです。これもミラー夫妻の愛情に触れたことがきっかけだったと、今あらためて思います」
■相手との違いを受け入れ、その存在を認める
海外に留学しなくても、身近なところで「異文化」に遭遇することは、たくさんあります。例えば進学、就職、結婚、引越しなどで環境が変われば、さまざまな出会いがあります。これまでの自分の価値観とはかけ離れた考えを持つ人と、生活をともにすることもあるでしょう。
そのようなときは、まず思い切って相手と自分との「違い」を「違い」としてそのまま受け入れ、これを相手の個性として認めることです。それができたときに初めて、相手を本当に理解することができ、さらには相手を尊重し、相手から学ぼうとする気持ちも生まれてくるのではないでしょうか。
日々の暮らしの中で新しく出会う人々と、互いに敬愛し合い、学び合えるような関係を築いていきたいものです。
(『ニューモラル』513号より)
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