「ツイている人」の考え方 ~ 道徳授業で使えるエピソード~

もしも朝から晩まで、すべてのことが自分の思うように運んだとしたら、きっとこう思うでしょう。「今日はツイてるぞ」。
しかし、毎日の生活の中では、思いどおりにいかないこともあるものです。そんな「ツイてない」と感じる日を少なくするには、どうしたらよいのでしょうか。

■今年は絶対「いい年」に……

ゴォーン……。
町外れのお寺から、除夜の鐘が聞こえてきます。
信司君(14歳)と祖母の敏子さん(72歳)が神社に着いたのは、新しい年を迎える少し前。鳥居をくぐったところでは、地域の大人たちが甘酒をふるまっており、父親の健介さん(46歳)も手伝いをしています。
お賽銭をあげて両手を合わせ、目を閉じると、この1年の学校での出来事や友だちの顔など、さまざまなことが浮かんできます。
“今年は絶対「いい年」になりますように”
思わず手に力がこもります。
お参りを終えて拝殿から離れると、敏子さんが尋ねてきました。
「ずいぶん一生懸命にお祈りしていたけれど、どうかしたのかい?」
「べ、べつに。それより、おばあちゃんは何をお願いしたの?」
「この1年も無事に過ごさせていただいて、ありがとうございますって。あとは信司や家族のみんな、それから町の人たちも、元気で過ごせますようにってね」
「それだけ?」
敏子さんは、にっこりしました。
“おばあちゃんは、のんきだなあ。僕なんて去年が最悪だったから、少しでも運がよくなるようにと思ってお祈りしていたのに……”

■ツイてないことばかり?

1月3日は商店会の福引の日です。会場で、父親の健介さんと一緒に福引の順番を待っていると、健介さんが思い出したように言いました。
「そういえば、おばあちゃんが初詣のときの信司の様子を心配していたぞ。すごく真剣な顔でお祈りをしていたって」
「だって、去年は本当に最悪だったんだから。野球部では練習中にけがをして、大会に出られなかったし、文化祭のときは話し合いがなかなかまとまらなくて、担当の僕だけが大変だった。なのに、文化祭からの流れで『3年生を送る会』の出し物も任されちゃうし。しかも、2学期の終わりで転校していった友だちの代わりに美化委員もやらされることになって……」
「それで『今年はいい年にしてください』って、一生懸命お祈りしたわけか」
「だって、僕ばっかり損をしているみたいだし、ツイてないことばかりの1年なんて、もういやだもん」
信司君の言葉に、健介さんは少し間を置いて、話し始めました。
「……信司は初詣の日、どうして父さんが寒い中、甘酒を配っていたと思う?」
“そういえば……お父さん、本当は寒いの苦手なはずなのに、全然いやそうじゃなかった。お正月からボランティアなんて、ツイてない……って、僕なら思うのに”
「父さんも、若いころだったら“自分がやらなくてもいいじゃないか”って、甘酒当番を断っていたと思うけどな」
意外な言葉に、信司君は思わず顔を上げました。
「実は昔、会社の先輩からこんなことを教わったんだ」

■むだなことは何もない

それは健介さんが食品会社に入社し、営業部員として2年目を迎えた冬のことでした。
「この冬も、付き合いの深いスーパーへ試食販売の手伝いに行ってもらうから」
打ち合わせの際、課長はそう言うと、健介さんのほか数人の名前を挙げました。
“えっ、また?”
その年の夏、さらには前年の夏にも同じ仕事に当たった健介さんは、損な役ばかり押し付けられている気がしました。
打ち合わせが終わると、健介さんは渡辺主任のもとへ行き、疑問を口にしました。主任は、いつもユーモアたっぷりに指導をしてくれる先輩です。しかし、このときは少しばかり勝手が違いました。
「きみの思いはよく分かる。でも、意味のない仕事やむだな仕事なんて、1つもないんだよ。例えば、きみがお手伝いに行くスーパーはうちの上得意だけど、そうなるまでに先輩たちがどれだけ頑張ってきたか、考えたことがあるかい?」
健介さんは、ドキッとしました。
「自分のことばかり考えていると視野が狭くなって、仕事の喜びや楽しみも減ってしまうぞ」
そこまで話すと、主任はひと呼吸置いて、いつもの笑顔に戻りました。
「実はこれ、僕も10年前に課長から言われたことなんだけどね」

耳を傾ける信司君に、健介さんはこう付け加えました。
「渡辺さんは尊敬する先輩だけど、そのときは素直に聞けなかったな。ただ、それからしばらくしてスーパーの試食販売に行ったんだけど、お店の人やお客さんの喜ぶ顔を見ていたら、なんだか楽しくなってきてさ。もう『自分のことだけ』は卒業しようと思うようになったんだ」
お父さんの仕事の話を聞くのは初めてだった信司君。「『自分のことだけ』は卒業」という言葉は、なんとなく心に残ったのでした。

■おばあちゃんの笑顔の秘密

やがて3学期が始まりました。
信司君は同じクラスで美化委員を務める林さんから、委員の役割について説明を受けました。
「えっ、そんなことまでするの?」
「そうだよ。教室や学校の周りがきれいになったら、気持ちがいいじゃない」
“こんな面倒なことを押し付けられるなんて、やっぱりツイてない”と思った信司君。ため息をつきながら帰宅すると、玄関に花が置いてあることに気がつきました。家のすぐ裏のお宮に供えるため、敏子さんが用意したものです。
“そういえば……。おばあちゃんはいつもお宮の掃除をしているんだよな。誰かから「やりなさい」って言われたわけでもないのに……”
そのとき、ふと初詣のときの敏子さんの言葉がよみがえってきました。――無事に過ごさせていただいて、ありがとうございます。みんなが元気で過ごせますように……。
そこには、いつもニコニコしている敏子さんの秘密が隠されているようにも思えてきたのです。

■周囲に目を配ると……

翌日、信司君はいつもより20分ほど早く登校しました。
クラスのみんなは、まだ誰も来ていません。信司君は、教室内にゴミが落ちていないか、少しだけ見て回ることにしました。
「おはよう」
次に教室に入ってきたのは、林さんでした。ゴミを拾っている信司君に少し驚いたようですが、「私はいつも黒板消しがきれいになっているか、チェックするんだ」と言って、朝の日課に取りかかります。ほんの数分の清掃活動を終え、教室をあらためて見渡してみると、思いのほかすがすがしい気分でした。
こうして、美化委員として教室内の様子に目を配っていくと、「後ろの棚の荷物、みんなで気をつければ棚から飛び出なくてきれいなのにな」「本棚が壊れそうだから、自分たちで直せるかどうか、図書委員に相談してみよう」など、いろいろなことを考えるようになりました。
そして仲間と話し合いながら委員の仕事に取り組むうちに、心配していた「3年生を送る会」についても、みんなが少しずつ意見をくれるようになったのです。
“なんだか最近、運が向いてきたような気がする”
そう思い始めた信司君でした。

■心をプラスの方向に向ける

人生には「ツイていないこと」も「ツイていること」も、入れ替わりながらやってくるものです。
思いどおりにいかないことは、誰にでもあります。では、自分のやりたいことができ、やりたくないことをしなくていい1日が「運のいい日」なのでしょうか。
初めは美化委員になったことを「ツイてないな」と思っていた信司君。ところが1歩を踏み出してみると、委員の活動は「損なこと」でも「ツイていないこと」でもなくなっていったようです。美化委員であることに変わりはありません。信司君が「委員の活動の受けとめ方」を少し変えたことで、「ツイていないこと」が「ちょっと楽しみなこと」や「やりがいのあること」に変わり始めたからではないでしょうか。
人は誰しも、たくさんの人との関わりの中で生きています。「自分のことだけ」から卒業して、広く大きな視点から物事を見つめ直していく。そうした心の習慣が「ツイている」と思える毎日をつくっていくのかもしれません。

(『ニューモラル』581号より)

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