「注意」に込める思いやり ~ 道徳授業で使えるエピソード~

近ごろ話題の「歩きスマホ」、ヒヤッとするような自転車の運転……。そんな迷惑行為を目にしたとき、何を思い、どのような行動を起こすでしょうか。
今回は、注意をするときの心づかいと、声かけのあり方について考えます。

■「ライトをつけて走りなさい!」

ある夜のことです。仕事帰りの安藤さん(51歳)が、バスを降りて自宅近くの路地に入ったとき、後ろからライトをつけずに走ってきた自転車がありました。
「危ないじゃないか! ライトをつけて走りなさい!」
接触しそうになって慌てて身を引き、反射的に大声で注意をした安藤さん。その声は相手に届いた様子でしたが、何も言わずに走り去っていきました。
“まったく……なんてやつだ”
サイクリングを趣味とする安藤さんは、自転車走行のマナー違反を目にすると、黙っていられません。不愉快な気分のまま帰宅した安藤さんは、居間でくつろいでいた家族に先ほどの出来事について話しました。すると……。
「近ごろ、気に入らないことがあると大声で怒鳴りつけてくるおじさんがいるけど、そういうの、すごく不愉快だよな」
そう言ったのは、大学生の大輔さんです。妻の幸子さんと高校生の彩花さんも、口々にこう言います。
「この間、年配の男性がスーパーの前で自転車の置き方について強い口調で注意していたけれど、あまりきつい言い方だと、言われた人だけじゃなくて周囲もいやな気分になるわよね」
「そういえば先週、部活の帰りに友だちとおしゃべりをしながら歩いていたら、後ろから来たおばさんに『ごめんなさいね、少し道を開けてくれる?』って言われたの。あんなふうに優しく声をかけられたら素直に従えるけど、いきなり怒鳴られたら私もいやだなあ」
“自分は正しい”とばかり思っていた安藤さんは、妻や子供たちの言葉を聞いて、思わず考え込んでしまいました。

■自分が注意を受ける立場だったら……

実は半年ほど前に、安藤さん自身も他人から注意を受けて、気まずい思いをした記憶があるのです。
東北への出張の際、上野駅で新幹線の時間を気にしながらホームへと急いでいたときのことです。エスカレーターの右側を足早に降りていく安藤さんの背後から、こんな声が聞こえてきました。
「危ないな、気をつけろ!」
どうやら安藤さんの鞄が、エスカレーターの左側に立っていた人に軽く当たったようでした。そのときは振り返る余裕もなく、やり過ごしてしまった安藤さん。新幹線に飛び乗った後で、こんな思いが湧き起こりました。
“確かに自分も悪かったけれど、あんな言い方はないだろう”
しかし同時に、悔やむような気持ちもあったのです。
“どうして素直に「ごめんなさい」と、ひと言詫びることができなかったのか”
そんな苦い経験を思い出した安藤さんは、あらためて考えました。
“あのときエスカレーターでぶつかった人も、とっさのことで、つい語気が荒くなってしまったのかもしれないな……。
自転車の迷惑運転を見たときも、危険防止のために注意の声かけをすること自体は「よいこと」であるはずだ。でも、言い方によってはお互いに不愉快な思いをすることになる。自分も気をつけないといけないな”

■迷惑行為は見過ごす? 注意する?

その翌日、安藤さんは取引先を訪問するため、同僚の高橋さん(48歳)と一緒に人通りの多い道を歩いていました。するとバス停付近で、数人の高校生が立ち話をしているところに出くわしました。
道行く人たちは迷惑そうな顔をしながらも何も言わず、その輪をよけて通り過ぎていきます。高校生たちは仲間とのおしゃべりに夢中で、周囲の様子に気づいていないようです。
安藤さんも黙ってその場を通り過ぎた後で、隣を歩く高橋さんに、相手に注意を促すための声かけについて意見を聞いてみました。
「私はふだん、取り立てて声をかけることはありませんが……。確かに“これが自分の子供だったら”と思うと、ちょっと考えさせられますね」と高橋さん。
安藤さんは自分の体験を踏まえて、こんなことを話しました。
「相手が自転車に乗っていたりすると、すれ違いの一瞬が勝負だから、短い言葉でなければ間に合わないし、つい語気が強くなってしまいがちなんだ。
今みたいな場面でも『ごめんね、少し端に寄ってもらえる?』とでも言えば、相手も気持ちよく受け入れてくれるかもしれないけれど、怒りに任せて『邪魔だ、どけ!』なんて言おうものなら、大変なことになるだろうね」
高橋さんも言います。
「最近は『歩きスマホ』が問題になって、駅などでも注意を呼びかけていますけれど、やっている本人は他人事のように聞き流していることが多いような気がしますし、注意というのは、する側にも勇気や根気がいりますよね」
「もっとも、ひと昔前は電車やバスの中での携帯電話の通話が問題視されたものだけど、注意の呼びかけが繰り返されるうちに、近ごろ車内通話はめっきり見なくなったね。『歩きスマホ』にしても、見て見ぬふりをせず、お互いに注意を喚起し合うことで、マナーとして定着してくるといいと思うんだが……」

■声かけをする際の「心づかい」に注意

社会をよりよくしていくために、ここで暮らす1人ひとりがルールやマナーについて注意を喚起し合うことは、「よいこと」に違いありません。しかし、時折ニュースになるように、禁煙場所での喫煙や電車の中での携帯電話の使用などを注意したことが原因で、互いに感情的になって言い争いに発展し、時には思わぬ事件を招くことすらあります。
他人の過失を目にした際、非難・攻撃のようにして性急にそれを正そうとすれば、相手を傷つけ、かえって反省の芽を摘んでしまうことにもなりかねません。また、それが公共の場で行われた場合には、周囲にさらなる混乱を招くことにもなるでしょう。注意をする側も、時機や場所、場合などに十分配慮したうえで、相手の立場を思いやった声かけのあり方を考えていく必要があります。
何より、他人の欠点や過ちを正そうとするときの私たちの心には、往々にして高慢な心が潜んでいるものです。注意の声かけをする際は、正義感で相手を打とうとする心ではなく、「相手の幸せを祈る優しい心」で謙虚にこれを行いたいものです。

(『ニューモラル』571号より)

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