なぜ志が必要か? ~朝礼で使えるエピソード~

Aさんは、10人ほどの従業員を抱える会社を営んでいます。ここ数年、業績が悪化し、なんとか経営を上向けるべく努力はしているものの、芳(かんば)しくありません。
そんなある日、Aさんは大学の同窓会に出席しました。大学時代、経営学ゼミでお世話になったB先生に相談すれば、何かヒントがもらえるのではないかと考えたからです。和やかな雰囲気の会場で、昔話もそこそこに会社の現状を切り出します。ひと通りAさんの話を聞いていた先生は、意外なことを口にするのでした。
B先生「君はなんのために会社を立ち上げたのですか」
Aさん「先生、そんなこと、今はいいじゃないですか。ちゃんと、私の話を聞いてましたか?」
先生の面持ちはいたって真面目です。しかたないので、Aさんは会社を立ち上げたときのことを思い起こしました。その当時、勤めていた会社での待遇が気に入らず、もっと自由に働いて、自分の力を試したかったというのが独立したときの気持ちでした。
Aさん「自分の力を試したかったからです」
B先生「そうですか。これで、君の会社に足りないものがわかりました。それは志です」
Aさん「志? 理念みたいなものですか? そんなんで、会社が上手くいけば誰も苦労はしませんよ」
B先生「そうでしょうか? 私の長年の研究では、志のある会社は長生きしていますよ」

◆Step1 海図なき航海に確たる羅針盤を

逆境に試される「志」の真価 ―― 崇高な理念は企業成長の原動力

どの方向へ、どれくらいのスピードで進めば生き残れるのか。正しい答えのない中を突き進む会社経営は、よく「海図のない航海」に喩(たと)えられます。
自社なりのゴールや針路を持たねば、潮の流れに翻弄(ほんろう)されるばかりで、思いどおりの舵(かじ)取りはできません。
そうしたゴールや針路、つまり、会社がめざすべき方向性とは何かという基本的な考えが、企業の理念であり、志です。売上高30億円を超える企業の約8割は、明確な理念や志を持つといわれます。「中小企業白書」(2003年版)によると、企業単体の利潤という枠を超えた、社会貢献的志向の理念を持つ企業は、従業員の増加率がプラスとなる傾向があり、崇高な企業目的は、成長の原動力となることが示唆されています。
特に経営における志の真価は、逆境に直面したときにこそ明らかとなります。経営の神様と呼ばれた松下幸之助氏は後年、自身の経営経験から「志を確固として持つことなしに混乱期に直面すれば、あれこれと心が迷うことになって、事が失敗に終わることが少なくない」と語っています。時代の変化が速く、先の見えにくい現代の荒波を渡るうえでは、ますます経営者の「志」は、その重要性を増しているといえます。

◆Step2 「志」とは利他の心と見つけたり

「志」と「野心」の違いとは ―― 松下政経塾元塾頭・上甲晃さんに学ぶ

Aさんは自分の力を試したいという理由から独立の道を選びました。これは、自己実現の欲求といえるでしょう。向上心の表れとも考えられ、健全な人間の欲求です。しかし、B先生はその考えを「志」とは違うものだと示唆しました。では、自己実現と「志」にはどんな違いがあるというのでしょうか。
(有)志ネットワーク代表・上甲晃さんは、「野心・野望」と「志」の違いについて次のように説明しています。「『野心・野望』とは、自分一身の利益を大きくしようとする心。それに対して『志』とは、みんなの利益を大きくしようとする心である」(『道経塾』33号特集)
たとえば、仕事で成功して贅沢(ぜいたく)な暮らしをしたいとか、自己実現をしたいというのは、自分のための「野心・野望」の範疇(はんちゅう)に入ります。一方、お客様に喜ばれたいとか、地域のお役に立ちたい、後世のために何かを残したいという思いは「志」と言えるでしょう。
つまり、掲げる目的のベクトルが自分のほうを向いているか、自分以外のほうを向いているかの違いなのです。この利他の心が「志」の根幹であり、企業を長生きさせる秘訣(ひけつ)なのです。

◆Step3 志を持つものは誠実たれ

どれほど崇高な目的を掲げても ―― 実行の手段にも誠実を貫いた松下幸之助

では、「みんなの利益を大きくする」うえでは、何に注意する必要があるのでしょうか。ここで、志高く生きた松下幸之助翁(パナソニック(株)の創業者)のエピソードを紹介しましょう。
松下政経塾の卒業生が選挙に立候補したときの話です。選挙戦報告のためのビデオを見ていた幸之助は、候補者の母親が土下座して応援のお願いをしている場面が映ると、席を立ち部屋を出ていきました。居合わせた部下たちは、トイレにでも行ったのだろうと考えていましたが、結局幸之助は戻ってはきませんでした。
幸之助は、「志」を果たすためと言っても、手段を選ばないような考えを決して許しませんでした。そんな生き方は、「泥棒を捕まえるのに、まず泥棒になろうというのと同じである」と考えていたからです。
どんなに高い志を持っていても、手段を選ばないということは、「みんなのために」と言いながら、実際には誰かを不幸にするかもしれません。そんな人にどれほどの人が心を開くでしょうか。
高い志を掲げ、誠実を貫くことで信用が培われます。その結果、多くの協力者を得られ、その企業の力となるのです。(『道経塾』26号特集)

◆Step4 感謝報恩が立志の原動力

廣池千九郎に学ぶ人生の土台とは ―― 「篤く大恩を念(おも)いて大孝を申(の)ぶ」

「すえは博士か大臣か」といわれた明治・大正時代に、苦学のすえに法学博士号を取得した廣池千九郎(ひろいけちくろう)は「人間としてまず大切なことは志を立てることである」と述べ、さらに幸福な人生を築くうえでの要点として、恩恵に気づくことと、その恩に報いることを教えています。千九郎は、のちに創建した総合人間学「モラロジー」の論文の中に「篤く大恩を念(おも)いて大孝を申(の)ぶ」という言葉を残し、恩人を心から尊重できない人間は、あたかも根を断ち切られた草のごとき生涯を送ると喝破(かっぱ)しました。
そもそも、私たちは社会生活において無数の恩に浴しています。食事に関して言えば、農家や運送業、卸業、小売業の方々がいなければ、食材が店頭に並ぶことすらありませんし、料理に使う調理器具や箸1つとっても製造業が必要です。また、それらの仕事は長い歴史の中で、先人たちが試行錯誤を繰り返し、現在の形にしてきたのです。私たちの暮らしは、過去と現在にまたがる無数の人々によって支えられているのです。
廣池の「志」を支えたのも、こうした無数の恩恵への感謝でした。恩を忘れず、人々の幸せに貢献する。感謝という土台にこそ「志」は立てられるのです。

(『道経塾』No.53より)

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