届かなかった報告~ビジネス朝礼で使えるネタ ~


鈴木裕隆さん(45歳)は名古屋市内にある機械部品製造業N社の物流課課長を務めています。とある火曜日の午後1時すぎ、東京出張から戻った鈴木さんは、いつもと違う事務室内の雰囲気を察知しました。課員に声をかけようとする間もなく、上役の製造事業部長から呼び出されました。
「失礼します。部長、何か……」
「大変だよ。大口のA社から先ほど、先週土曜日に発注した部品三千個が届かないとクレームが入った。今日の午後1時必着の段取りで、先方はラインを組んでいたようでね。『もう二度と取引しない』ってすごい剣幕なんだ」
「まずいですね。A社は半年前から営業をかけてやっと開拓できたとこなのに。でも私が聞いていたのは、数量は千個で明日の午前9時納品という条件でしたが……」
「変更があったんだよ。聞いてないのか? 君が出張に出た後の土曜日の夕方に。受けたのは新人の立木君だが、工場への連絡に不備があった。……とにかく、超特急で届けるよう指示してある。出発は早くて2時だが、それまでに経緯を調べた上で納品に付き添い、重々謝ってくるんだ――」
鈴木さんはデスクに戻るや、立木君を呼びました。
「まったく。 なぜ変更がきた時点で私に連絡しなかった」
「スイマセン。出張中でしたのでわざわざお伝えするのもどうかと迷いまして……。その上工場にすぐ伝えようとしたところ、他の注文が入ってバタバタする中で忘れてしまって……。昨日は私が出張に出てしまったものですから」

◆Step1 組織の盛衰は報告で決まる

桶狭間の勝利をもたらしたものとは――報告は仕事の付属品ではありません

報告が各所で滞り、情報がスムーズに伝達されない。この状態は、いわば企業という生命体の“動脈硬化””現象といえます。早期に改めなければ、あちこちで血栓が生じ、よもや突然死という危険性が出てきます。
社内の報告が適正に行われているかを見るだけで、企業の健全性は測れます。ヤマト運輸創業者の小倉昌男氏は会長職を二度務めました。一度退いた後、営業所長など現場管理者が交通事故の情報を隠蔽していると聞き、強い危機感を抱いたのです。当時の管理者たちは評価に傷がつくことを恐れ、現場からの報告を自分のところでストップしていました。小倉氏はウソをついた管理者を降格に処すなど、現場の規律と倫理を正すことに力を注ぎました。新生した同社は宅配便のトップ企業として躍進を遂げています。
古来、「時務を識る者は俊傑に在り」(『三国志』)と言われるとおり、時代に名を成す人物は「情報」の重要性を認識していました。織田信長は桶狭間の戦いの第一の功労を、今川義元を討った武者でなく、「今川軍が休息中」との報告をもたらした者に授けています。報告は仕事の付属品との考えを改め、事業盛衰のカギを握る重要業務として位置づけることが重要です。

◆Step2 はたを楽にさせる報告を

仕事より、報告ができる人に――イキイキとした職場づくりの第一歩

では、報告によって、社内に必要な情報をスムーズに循環させるにはどうしたらよいのでしょうか。
一番に解決すべきは、報告する側の“意識”です。管理者側にとって困るのは「仕事ができない人より、報告できない人」。一方、報告する側の社員は、それほど報告の重要性を認識していないことが多いものです。あるいは最初はよくとも、やがて「そのうちまとめて報告しよう」「こんな細かいことまでいいか」と勝手な自己判断を始め、報告量が減りだします。それを防ぐため、職場管理者は日ごろから①報告は業務命令・指示を受けた人間の義務であること、②結果報告だけでなく中間報告・状況報告・緊急報告が必要とされること、③必ず指示命令した人にすべきであることを、職場の基本として徹底していくことが重要です。
あわせて個々の人間力向上の観点から報告の意義を説くのもよいでしょう。質の高い報告は、相手の立場に立つ「慮り」の心から生まれます。「はたらく」ことの本質は「傍(はた)を楽(らく)にさせる」こと。互いが相手の立場を思い、イキイキと働ける職場づくりの第一歩として「報告」の活性化を進めましょう。

◆Step3 知らなかったではすまされない

報告が来ないのはあなたのせい?――アクセスしやすい環境づくりを

報告をスムーズにする第二のポイントは、管理者側の聞く姿勢にあります。「悪い情報ほど早く報告をあげること」は危機管理の大原則ですが、現実は逆で、悪い情報ほど隠蔽される傾向があります。その原因の1つには、管理者側の態度に起因する職場内の日常的なコミュニケーション不全があります。
例えば、感情の起伏が激しく、部下の報告が少しでも要領を得ないとみるや「結論は何だ!」と話の腰を折ったり、悪い内容を聞くと怒り出す管理者。気の弱い部下はコミュニケーションを避け、情報が途切れがちになります。幹部教育の第一人者である畠山芳雄氏(社日本能率協会顧問)は「幹部はどんなに忙しくても、忙しそうに見えてはいけない」と指摘します。「とくに具合の悪い状況の報告は、報告すべき本人が“部長は忙しそうだから”という自己弁護をして、それを遅らせる動機になる」(『こんな幹部は辞表を書け』)
作家の城山三郎氏は「経営トップは知ろうと思えば何でも知ることができる」と述べ、不祥事の度に「私は知らなかった」と弁明する経営者を戒めました。
自室で報告を待つばかりでなく、自ら積極的に部下に声をかけ、報告を吸い出す努力も必要です。

◆Step4 安心を生まない報告は不道徳

放告から豊告へ――廣池千九郎はどう教えたか

総合人間学「モラロジー」を創建した法学博士・廣池千九郎は、用事を頼んだ人に対しきちんと結果を報告することが「道徳」であると教えています。その逸話を門人の鷲津邦正氏は次のように語っています。
「博士は、どんなことでも忘れなさらんのです。たとえば、私どもに用件を頼んだことは、われわれならば、人に手紙1本頼んでも、『おい君、この手紙を入れてきてくれ』と言うでしょう。それだけで私どもは頭が空になって、頼んだことそのことは終わったと思って忘れてしまう。博士の場合は、手紙を入れてきてくれと言って、次は『入れてきました』と言うまで、覚えていなさるのです。何でもちゃんと報告をしなかったならば道徳にならない、安心がつかないとおっしゃるのです。(略)その結果を報告したとき初めて道徳になるわけですね」(新装版『谷川温泉の由来』廣池学園出版部編)
同じ報告をするにも、どんな心づかいを込めたかで結果は変わります。例えば相手の立場を考えない、独りよがりの「放告」。急ぎの報告書を電子メールで送る場合は、送信したことを一声かける。その配慮が事故を防ぎ、相手を安心させます。相手も喜び、自分の心も豊かにできる「豊告」を心がけたいものです。

(『道経塾』No.57〈2008年11月発刊〉より)

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