気分よく毎日を過ごす ~道徳の授業で使えるエピソード~


いつも明るくて、誰に対しても親切─そんな人が身近にいたら、その場の雰囲気はよくなり、周囲の人たちも明るく温かい気持ちになるものです。
それは「よいこと」があったから、明るい気持ちで人と接することができるのでしょうか。それとも、生まれ持った性格によるものでしょうか。
「いつも明るい気分を保つ秘訣」は、もしかしたら「毎日の小さな心がけ」の中にあるのかもしれません。

◆新しい生活

この春、中学校に入学した春香さん(12歳)。新しい先生や友だち、新しい環境、放課後の部活動など、最初は期待よりも不安のほうが大きかったのですが、友だちと仲よくなるにつれ、緊張も解けてきました。
そうはいっても小学校とは違う点も多く、科目ごとに異なる先生からはそれぞれに宿題が出ますし、定期テストもあります。おもしろそうだと思って入部したテニス部も、初めは基礎体力づくりとボール拾いばかりです。これまで姉の由美さん(15歳)の様子を見て、なんとなく想像していた中学校での生活ですが、いざ自分が中学生になってみると、楽しいことばかりではありません。
一方、三つ年上の由美さんは、この春から高校生になりました。電車通学になり、周囲の環境も春香さん以上に変わったはずですが、明るく生き生きとした表情で毎日を過ごしています。何に対しても前向きに取り組む由美さんは、春香さんにとって自慢の姉ですが、いつも比較されているようで、引け目を感じることもありました。

◆お姉ちゃんの秘密

ある日の夕方のこと。「今日はツイてない一日だったなあ」と、帰宅した春香さんは、ため息混じりにこぼします。
「どうしたの?」と夕食の支度をしていたお母さんが尋ねると……。
授業では分からないところに限って先生に当てられる。部活の先輩は機嫌が悪くて練習が厳しかった。帰ってくる途中で車に泥水を跳ねられる……。
「お姉ちゃんは、どうしてあんなに元気なんだろう? 高校は、もっと大変なはずなのに……」
その疑問に、お母さんは、「実はね、由美には秘密があるのよ」と答えます。
「由美も中学生になったころ、勉強や部活が大変で、『疲れた』とか『つまんない』ばかり言っていたの。お母さんたちもしばらくは様子を見ていたんだけど、そのうちに、お父さんからあることを教わったようなの」
それは、「自分で自分の気分をよくする工夫をしてみなさい」という言葉でした。
春香さんは訳が分からず、納得していない様子。それでもとにかく言われたことを実行してと思いました。

「気分がよくなるときか……」
春香さんは、自分の部屋で頬杖をつきながら、まずは自分がどんなときに気分がよくなるのかを、リストアップしてみました。
「うれしいときとか、楽しいときってことなのかな? プレゼントをもらった。テストの点数がよかった。先生や友だちに褒められた。夕食に好きなものが出た……」
いくつかは思いついたものの、すぐに浮かばなくなってしまいました。次に、楽しいときについても考えてみました。
「友だちとおしゃべりをする。好きなテレビ番組を見る。マンガを読む。ペットと遊ぶ……」
しばらく考えてみて、春香さんは「自分の気分がいいとき」は、結局、幸運なことがあったり、自分の好きなことをしたときであるように思えてきました。すると、お母さんと話したときに感じた疑問がよみがえってくるのでした。
「私が悩んでいるのは、最近、ツイてないことや、やりたくないことが多いからなのに……」

◆気分がよくなる「きっかけ」を探す

数日後の夕方の出来事です。お母さんと由美さんと一緒に食卓を囲んでいた春香さんは、怒ったような声で言いました。
「ちょっと聞いてよ! うちのクラスの男子、掃除をサボって帰っちゃったんだよ! 信じられる?」
「それはひどいね」
「春香たちは、男子の分も掃除をしたんだ。偉いじゃない」
由美さんとお母さんは、口々に言います。そこで春香さんは、疑問に思っていたことを由美さんに尋ねてみました。
「この前、お母さんから聞いたんだけど……。お姉ちゃんは、こんなときでも気分をよくできるの? お姉ちゃんは、毎日楽しそうだし……」
春香さんは、数日前のお母さんとのやり取りや、その後で考えたことなどを話しました。うなずきながら聞いていた由美さんは、ゆっくりと口を開きました。
「私も前は、いやな出来事を引きずって、イライラしたり悩んだりしていたけれど、お父さんからこんな話を聞いたの。『誰にでも気分のいいとき、悪いときはある。でも、気分は些細なことで変わるものだから、できるだけ自分で自分の気分をよくしていけるといいね』って。
初めは『そんなに都合よく、気分をよくできるのかな』って思ったけど……。
だから、お父さんにもう一度聞いてみたの。そうしたら『由美が考えるほどうれしいことや楽しいことでなくても、気分はよくなるんだよ。例えば天気がよかったり、きれいな花を見たりしただけでも、なんとなく気分はよくなるよね』って。言われてみると、確かにそうなんだよね。
お父さんが言うには、人間は『気分が悪くなるきっかけ』には敏感でも、『気分がよくなるきっかけ』については、あまり意識しないものなんだって。だから『探せばきっと、いろいろ見つかるはずだぞ』って」

◆「小さなこと」の積み重ねから

「私はね、香りのいい紅茶を飲むこと。それから気持ちのいい挨拶をしてもらうと気分がよくなるから、自分もそうする。それと、眼鏡を拭くことかな?」
「眼鏡? 本当に?」
思わず吹き出しそうになった春香さんですが、そんな小さなことでいいのなら、自分にも見つけられそうな気がしてきました。さらに由美さんは言います。
「ほんの小さなことの積み重ねだから、本当に気分をうまくコントロールできるようになったのかどうかは、自分でも分からないよ。今でも腹が立ったり落ち込んだりしたときは、立ち直るのに時間がかかるし。でも、前はいやだと思っていたことがあまり気にならなくなって、友だちとも前よりうまく付き合えるようになったかも」
すると、それまで黙って話を聞いていたお母さんも口を開きます。
「お母さんはね、家族の笑顔を見ると気分がよくなるよ。イライラもモヤモヤも吹き飛んじゃうの」
そう言って、スマートフォンの待ち受け画面に写った由美さんと春香さんの写真を見せました。
「それじゃ、私と春香も笑顔でいられるように頑張らなくちゃね」
そう言って、由美さんとお母さんは笑い合いました。春香さんはその笑顔を見ながら、自分も家族と話しているときは気持ちが楽になることに気がつきました。そして、次の「気分がよくなること」のリストには「家族と話す」も入れようと思ったのでした。

◆「気分よく毎日を過ごす」達人に

私たちは日々、どれだけ「自分の気分」を意識しながら生活を送っているでしょうか。
気分とは、「飛び上がるほどうれしい」「泣きたくなるほど悲しい」というような
強い感情ではないだけに、些細なことに左右されやすいものです。イライラした気分のとき、その発端を考えてみると、意外につまらないことがきっかけになっていることも多いのではないでしょうか。
また、気分の状態は、みずからの言動に大きく影響します。考えてみると、私たちは気分のよいときほど、物事のよい面を見ることができますし、他者に対しては好意的になり、仕事に対しても意欲的になるものです。
そして、人は誰しも、温かみのある心の広やかな人に好感を持つものです。いつでも気分よく、柔和な表情で、温かく他者に接することができる人の周囲には、おのずと「よい気分」と「よい人間関係」が広がっていくことでしょう。
皆さんの身近に「いつも明るくて、誰に対しても親切な人」がいたら、その人は単なる幸運の持ち主というわけではなく、「気分よく毎日を過ごす達人」なのかもしれません。この「気分よく毎日を過ごす」という心がけは、自分にも他人にも、ますます喜びに満ちた人生をもたらしてくれるのではないでしょうか。

(『ニューモラル』576号より)