崩れ始めた社内モラル~ビジネス朝礼で使えるネタ ~


「農林水産省は5日、A社が事故米を食用と偽って……」
 そば店のテレビが流すニュースを耳にして、洋食レストランを展開するA社の南川夏雄社長が顔を上げました。
「最近、こういうニュース多いわねえ」
 定食店のおかみさんがカウンター越しにつぶやきます。
「うちも食品を扱っているだけに、背筋が凍る思いだよ」
「でも、この会社には“おかしいじゃないですか”って社長にガツンと言える人、一人でもいなかったのかしら」
「言えない雰囲気だったんだろうね」
「そんな会社、嫌だわ。私ならサッサと辞めちゃうけど」
「ハハ、そんな気骨ある社員がいればね。じゃ、お会計」
 そば店から社に戻る道すがら、ふと南川社長は言いようのない不安に包まれました。〈うちは……大丈夫だろうか〉。
 ――うちに限っては大丈夫と思い込んでいたが、あるいは私の目の届かないとこで不正が進んでいるのだろうか。
 南川社長は従業員の働きぶりを見ようとある店舗に立ち寄ります。しばらく外から中の様子を観察していたところ、偶然、厨房の社員が手にしたレタスを床に落とす場面を目にしました。マニュアル通りなら即廃棄。しかしその社員は周囲に気づかれてないか周囲を見回し、そのままサラダに入れてしまったのです。南川社長は絶句しました。
 ――安全・安心な食の追求がうちの売りなのに。問題が上がってこないのは、現場の社員たちがモラルを発揮して、うまくやってくれているからと信じていたのだが……。

◆Step1 心の勝負は51対49

人心これ危うく、道心これ微なり――悪い心を防ぎ、良心引き出す仕組みを

日常業務の中でふと違和感を抱きながらも、「これまでもそうしてきたのだから」と自分を納得させて仕事を勧めた経験が誰しも一度はあるのではないでしょうか。床に落としてしまったレタスをそのまま使った社員も、心の中では「本当は棄てたほうがいいのだろうけど……」と迷ったすえの、行動だったのかもしれません。
臨床心理学者の故・河合隼雄氏は「心の中のことは、だいたい51対49くらいのところで勝負がついていることが多い」(『こころの処方箋』新潮社)と述べています。不正やルール違反を犯す人は、「おかしいのではないか」という良心的直感や規範意識が、「でも、これくらいならいいか」という誘惑の心に競り負けてしまった結果といえるのです。こうした小さな黒星の積み重ねが、やがて社会常識を逸脱した組織的不正に発展します。
人間の心は弱いもの。「人心これ危うく、道心これ微なり」(『尚書』)というように、道を求める心が欠けてくると、すぐに悪い心がはびこってしまいます。誘惑に押し切られないための心の防波堤として、ひごろから社員の良心を引き出す仕組みづくりが重要です。

◆Step2 よいことを素直に実行できる後押しを

朝の1分間で心をつくる――壽屋寿香蔵の朝礼に学ぶ

 社員の日常的な人間教育の機会として、朝礼を活用する企業は多くあります。ユニークなのは完全無添加の漬物を製造販売する㈲壽屋寿香蔵(ことぶきやじゅこうぐら・山形県)の取り組み。同社では毎日の朝礼で社是社訓の唱和後、全員で1分間、目を閉じて両親の笑顔を思い浮かべる時間をとっています。発案者の横尾昭男社長は「今日一日両親が微笑むようにやりますという誓いを立てるのです。1分間でも積み重ねるとすごい」と朝礼に導入後、労働災害や普段の交通事故が減り、生産性も向上したことを紹介。「従業員さんの心が変わってきたからとしか考えられない」と話しています。
 一方、カードを使って社員の良心を引き出す仕掛けを行うのは、岐阜県の医薬品メーカー㈱タニサケ。社内の誰かの善行を見聞きしたり、誰かに親切にされた時、その内容を「ありがとうカード」という台紙に書いて提出。係を通じて相手に渡る仕組みです。いわば社員相互の善行表彰制度であり、同社の松岡浩会長は「カードを書くことで、それまで見過ごしていた周囲の人の善行に気がつくようになる」と語ります。不正を防ぎ、よいことを素直に実行できる、そうした社風が不祥事防止の基礎となります。

◆Step3 信頼第一、利益第二

最も追求したい価値はなんですか――トップは確たるメッセージを

 ではよき職場風土をつくるうえで、トップがなすべき役割とは何か。人間に酸素が必要なのと同じく、企業に利益は不可欠です。とはいえ酸素も過剰摂取は中毒症状を起こすように、過度な利益追求の姿勢は不正の温床となることも。能率や拡販の名のもとに社会常識や法令から逸脱しないよう、トップは会社としてどんな方向性でいくのか、社内にメッセージを明らかにすることも重要です。
 では今、何を最優先とすべきか。トップはみな利益最大化とコンプライアンス(法令遵守)の両立を求めて苦心しています。これに対し企業法務の第一人者である久保利英明弁護士は「最早、クルマの両輪論では対応できない」と指摘し、その両立を最大目標とすることにもはや無理があることを説いています。もし「状況に応じて、うまく両方のバランスをとるように」などと曖昧さを残せば、中には「社長の本音は、違反がバレないようにやっておけということだろう」と解釈する者がないとも限りません。
不祥事を根絶するには「信頼第一、利益第二」や「遵法第一、利益第二」というような明確なメッセージが必要です。それがよき社風の土台となるのです。

◆Step4 ヒヤリハットを反省の機会に

大小の事変みな箴戒となす――災いを未然に防ぐ心づかい

1件の重大事故の裏には29件の軽事故があり、その裏には事故寸前のヒヤリハットが300ある――。これは発見した米国人の名から「ハインリッヒの法則」と呼ばれ、労働災害防止に役立てられています。吸殻が発火した、落下した積荷が当たりそうになった等々のヒヤッとしたりハッとした感覚。それを改善に生かすことが重大災害や死傷事故の防止につながります。
 この法則は不祥事防止にも応用できます。道徳経済一体思想を提唱した廣池千九郎は、災いを未然に防ぐ心構えは「大小の事変みな箴戒〈しんかい〉となす」にあるとし、平常と異なる出来事に遭ったら、事の大小を問わず反省の機会とするよう教えました。会社を揺るがす不祥事は、「何かおかしい」と感じつつ見逃した小さな歪み――質の低い仕事――が拡大・発展して起こるものです。
 仕事への誇りや使命観が仕事の質を高めます。店の床掃除を単なる作業ではなく、大切なお客様をお迎えする準備と捉える。そう仕事を意味づけることがやりがいを高め、小さな事変にも気づける社員を育てます。この仕事は誰に役立つものか等、トップや上司は意味づけましょう。規則等のルール整備のみならず、社員の心の姿勢をどう整えるかに気を配りたいものです。

(『道経塾』No.58〈2009年1月発刊〉より)

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