この会社はどこを目指すの?~ビジネス朝礼で使えるネタ ~

山田孝之さん(43)は創業3年目のウェブ通販会社S社の社長です。当初は、海外直輸入の雑貨を妻と2人で販売していましたが、ある時、東南アジアで話題の「エッグタルト」を「おいしくなかったら全額返金!」のコピーで販売したところ大ヒット。今では取扱商品数は7倍、社員25名を抱えるまでに発展しています。「すぐやる、まずやる、自分でやる」を合い言葉に、仕入先の選定や売価の設定権限を社員へ委譲。スピード経営が持ち味です。
そんな会社に事件が起きたのは、5月の連休明けでした。
「社長、中沢です! すみません。電話とってください」
「えっ、誰から?」
「わかりません! とにかく聞いてください」
山田さんは急ぎ受話器を耳に当てます。「もしもし……」
「あんた、社長? お宅ひどいねえ。伝説の極うまフルーツとか言って、高い金出して買ったのにうまくないし、近くのスーパーに売ってたよ。同じやつ。客を騙す気?」
「えっ。も、申し訳ありません。騙すだなんて、そんな」
「嘘ばっかりじゃない。経営に方針とか理念とかないの?」
「理念ですか?いや、あの、お客様第一で……その」
最終的に即時全額返金で対応し、電話は切れました。
「やれやれ。おい、中沢君。一体どんな売り方をしたんだ」
「いいコピー思いついたんで面白いかなって。今期売上倍増するんですよね。きわどいことしなきゃ無理ですよ、そんなの。遠藤だって、中村だって、みんなやってますよ」

勢いはあるが個々がバラバラに暴走するS社。社内がよりよくまとまっていくために必要なものとは何か。以下の事例で考えになってください。

 

◆Step1 組織を「ペンギンのくちばし」に

 

理念は企業をまとめる推進力――伊那食品工業(株)にみる組織力の源

経営理念とは、経営者が経営活動を通じて実現しようとして抱いている信念、信条、理想などの価値をいいます。その内容は、経営者自身の人生観、人間観、歴史観、国家観などと密接に結びついていますが、その理念がしつかりと確立され、しかも社内に浸透していないと、社員の心はバラバラになりかねません。
寒天のトップメーカー・伊那食品工業(株)の塚越寛最高顧問は、経営における理念の大切さを次のように説明しています。
「ペンギンには歯はありませんが、それでも魚を捕ることができます。なぜでしょうか。くちばしのなかの毛が、みんな内側を向いて生えそろっているからだそうです。毛の一本一本の力は弱くても、すべての毛が同じ向きになって集まれば力は強くなり、魚はくわえられたが最後、もがいても逃れることはできません。会社において、くちばしの毛の方向に当たるのが経営理念です」
社員、一人ひとりの力は微力でも、全員が同じ方向を向いて、組織が一つになった時には、そのパフォーマンスは何倍にも、何十倍にもなるのです。

 

◆Step2 骨の髄に染み渡るまで

 

地道な方法が確実な近道となる――高橋荒太郎に学ぶ、理念浸透法

いくら理念が大切とはいえ、それが他の「借り物」では意味をなしません。業種や成り立ちが違えば中身も違って当然。自社なりの使命や目的とは何かをつきつめることが重要です。さらにその理念もただ掲げるだけでは絵に描いた餅。では、社員の意識レベルにまで理念を浸透させるにはどうしたらよいのでしょうか。
(有)志ネットワーク代表の上甲晃さんは、松下電器産業(株)(現・パナソニック)勤務時代のこんなエピソードを語っています。
「本社の合同朝会などで高橋さんの話をしばしば聞いたことがある。その日は、初めから安心して居眠りしていた。『どっちみち、また経営基本方針の話だろう』(略)多くの同僚も同様の状態であった。それでも、高橋さんは、頑として経営基本方針の大切さを説き続けたのである。(略)みんなの骨の髄まで、染み渡ってしまっているのだ」
この「高橋さん」とは、松下幸之助の名補佐役こと松下電器産業(株)元会長の高橋荒太郎氏のことです。
経営理念にしろ、それを具現化した「方針」や「計画」にしろ、組織の隅々にまで浸透させるには、愚直に訴え続けるしかないのかもしれません。一見、地道な方法のようで、実は最も確実な近道のようです。

 

◆Step3 臣をして良臣たらしめよ

 

トップは心臓、幹部は動脈――幹部を感動させる情熱と迫力を

理念を浸透させる上では幹部育成も重要です。理念を伝言ゲームのように申し送るのでなく、その意味を咀噌(そしゃく)し、自分の言葉として語れる幹部の存在です。
前述の高橋荒太郎氏は松下幸之助にこう評されていたそうです。「私より松下の経営理念を身につけている」と。電器製品を水道のように安価に大量に社会に供給する――この幸之助の理念を、大番頭として現場でゼロから実現させようと試行錯誤する中で、高橋氏は理念を自らの血肉となし、体現者となったのです。
かつて下請け会社が出来の粗末なキャビネットを量産した際、高橋氏は松下電器の品質に対する姿勢を理解してもらうために、下請けの社長を呼んで代金を払った後、社員の目に付くところで、すべて叩き潰させたといいます。
トップが心臓なら幹部は動脈。理念を胚に納めて行動実践できる幹部が一人でもできれば、おのずと毛細血管のように社内の隅々へ浸透するでしょう。トップは理念を文言として押し付けるのでなく、幹部を感動させるほどの情熱と迫力をもって語ることが重要です。中国『十八史略』にこうあります。「臣をして良臣たらしめよ。忠臣たらしむるなかれ」と。

 

◆Step4 実行せぬ教訓に生命なし

 

社員の心に芽を吹かす――トップ自ら理念を体現すべし

時間をとって毎日のように理念の話もしているし、幹部を動脈にすべく努力もしている。なのに、なかなか社内に理念が浸透しているようには思えない。もし、このような状況にあるとするなら、経営者としてあとは何ができるのでしょうか。
これに対して総合人間学「モラロジー」を創建した法学博士・廣池千九郎は、理念や教えを人に説くときの心得を次のように述べています。「実行せぬ説教や教訓は生命なし。生命なきものは、死せるゆえに人心に芽を吹かず。実行せしことを話し、または書く時には、それは他人の心に移し植えられて芽を吹く」(参照/モラロジー研究所編 改訂『廣池千九郎語録』)。
例えば、日ごろから「凡事徹底」を訴え、5S運動を推進している社長のデスクが書類に埋もれていたとしたらどうでしょうか。そんな経営トップが「凡事徹底」や5Sの重要性について話をしても、聞いている社員はしらけるだけです。まして、社員の心に理念を芽吹かせることなどできません。
理念を語る経営者は常に社員から見られています。経営トップは、社内の誰よりも理念を理解し、肚に納め、誰の目にも明らかな形で理念を体現することが求められているのです。

(『道経塾』No.60〈2009年5月発刊〉より)

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