席替え ~学校のちょっといい話~
六年二組で席替えがありました。
その翌日、Cの母親が、校長室を訪ねてきました。話を聴いてみると、昨日の席替えで一番並びたくないYと並んでしまったというのです。担任に、勉強に支障が出るから替えて欲しい旨を申し入れしましたが、担任は頑として受け入れないので、校長から話してほしいと言うことでした。
私は母親の顔をしっかりと見つめながら大きな声で言いました。
「お母さんは、C君に不幸な人生を歩ませるつもりですか?」
母親はびっくりして、
「なんですか、いきなり!」と身体を乗り出しました。
「お母さん、C君は優秀で、東大をめざしていることを知っています。今、どんな立派な大学を卒業して一流の会社に就職しても、同僚や上司と人間関係が結べず、退職してしまう人が増えているのですよ。人間関係というのは、苦手な人、嫌いな人、自分と合わない人と、どのようにうまく付き合っていくかという能力で決まります。分かりますか、お母さん?この能力は、小中学校時代に培われます。人間関係、別な言葉で言えば『社会性』です。その基盤はクラスの友達であり、ご縁があって隣に座った友達です。一番嫌いな友達と隣になったのは、良い勉強のチャンスが訪れたということです。ですから少しでも仲良くなれるように励ましましょう。担任もそれを望んでの席替えです。お母さん、この色紙をC君の机の前に張っておいてください。」
と言って、私は一枚の色紙を渡しました。
色紙には「苦手と思う人ほど、自分の心の成長に大切な人」と書いてあります。
「今後、C君がY君と仲良しになれるよう、担任と校長が見守りますから少し時間をください。それでもだめだったら、お母さんの言い分を考えましょう。ただし、お母さんも協力してくださいね。」
私は笑顔で語りかけました。母親は完全には納得した顔をしていませんでしたが、私の次の言葉で、小さくうなずいて、校長室を出ていきました。「お母さん、一ヶ月時間をください。担任と校長で、C君をY君と仲良くできなかったら、席替えも考えましょう。」と念を押しました。それから担任と校長で、C君を加えてY君と仲良くする方法を考えました。そして、C君の指導が始まりました。
「まず、C君がY君に挨拶をする。無視されても続ける。」
C君が何度も挫折しそうになりましたが、担任は根気強く指導を続けました。私も温かく励ましながら見守りました。担任は、Y君にもC君の気持ちを伝えました。Y君が変わり始めました。少しずつ心が寄り添っていきました。二週間で二人とも会話を交わすようになりました。間もなく、よきライバルとして、切磋琢磨する姿が見られるようになりました。
(『学校のちょっといい話』より)