「ありがとう」を伝える
日々の生活の中で、誰かのしてくれたことに対して“ありがたい”という気持ちを抱いたとき、その気持ちをきちんと相手に伝えていますか?今回は、日ごろお世話になっている相手のことを思い浮かべながら、「ありがとう」という気持ちを伝えることの意味について、ご一緒に考えてみましょう。
■感謝の日記
大学2年生のMさん(19歳)は、故郷を離れ、都内で一人暮らしをしています。
あるとき、友人から心理学の課題への協力を頼まれたMさん。毎週日曜の夜に「その1週間を振り返って、自分が感謝したことを5つ書き出す」という“感謝の日記”をつけることになりました。
「授業を休んで課題が分からなかったときに、友だちが教えてくれたこと」
「友だちと言い争いになって気持ちが沈んでいたとき、別の友だちが話を聞いてくれたこと」
「おばあちゃんが差し入れを送ってくれたこと」……
書き始めてみると、毎週、最初の2、3個は簡単に思い浮かぶのですが、「必ず5つ」と言われると、最後はなかなか出てこず、考え込んでしまうこともありました。しかし、感謝の日記を書きながら“ありがたかったなあ”ということを思い返していると、不思議と温かい気持ちになっていることに気づくのでした。
■感謝するのは幸せだから?
“感謝の日記”は、近年の心理学の研究として、感謝と幸福感の関係を調べるために海外で行われた調査に基づくものです。
この研究によると、毎週定期的に「恵まれていると感じること」を書き出すように求められたグループは、そうしたはたらきかけを受けなかったグループと比べて、人生をより前向きにとらえ、満足感を持つ傾向にあることが分かったということです。
(参考=ソニア・リュボミアスキー著 『幸せがずっと続く12の行動習慣』日本実業出版社)
これは「感謝する人ほど幸せを感じることができる」ということを示しています。
また、私たちが感謝する内容には、誰が見ても「ありがたいこと」と思えるようなものと、当の本人以外には「ありがたいこと」とは思えなくても本人は感謝しているものとの二つに分けられます。別の調査によれば、よく感謝する人は、必ずしも客観的に見て「ありがたい」と思える経験が普通の人より多いわけではなく、ふだんの生活の中にあるさまざまな出来事の「ありがたい面」によく注目している人だということです。
■感謝の力を発揮する
私たちは、日常的にお世話になっている相手に対しては、つい感謝の言葉を伝えることをおろそかにしてしまったり、時には感謝の気持ちを抱くことすら忘れていたりすることがあります。
まずは“感謝の日記”のように、自分自身の日常を振り返って、感謝の気持ちを思い起こしてみましょう。そして「感謝すべきこと」に気づいたなら、その気持ちを言葉や態度に表して相手に伝えることが、次のステップとして大切になってきます。
身近な人、とりわけ家族に対しては、気恥ずかしくて、なかなか素直に感謝の気持ちを伝えられないものかもしれません。また、「改まって感謝するなんて、他人行儀で水臭い」と感じたりすることもあるでしょう。しかし、日常生活の中で意識して「ありがとう」のひと言を添えていくことは、お互いの喜びを生み、心を豊かに育てることにつながるのではないでしょうか。
また、私たちの人生には、感謝の気持ちを伝えやすい「節目」がたくさんあります。子供の立場であれば、毎年の誕生日や「父の日」「母の日」などはもちろん、入学式や卒業式を迎えたとき、大人の仲間入りをする「成人の日」、社会人になって初めて給料をもらったとき、結婚したとき、自分の子供が生まれたときなど……。こうした機会には、あらためて日ごろの感謝を思い起こし、その気持ちを素直に伝えていきたいものです。
必要なのは、ほんの少しの勇気です。日ごろ伝えることができていない「ありがとう」があることに気づいたなら、思い立った今、この機会に、伝えてみてはいかがでしょうか。
(『ニューモラル』562号より)