心をゆるめる

「信じていたのに……」
「こんなにしてあげたのに……」
他の人と関わる中で、こんな思いを抱いたことはありませんか?その思いはいつまでも自分の中に留まり、心を波立たせるもの。そこから抜け出して、心穏やかに生きていくためにはどうしたらよいのでしょうか。

■ちゃんと頼んだのに……

例えば「ついでがあるときでいいから」と言って、投函を頼んだ手紙。それがうっかり忘れられていたとしたら……。たとえ急ぐものではなかったとしても「許しがたい」という思いが膨らんでくるかもしれません。

日ごろ、よく耳にする「ゆるす」という言葉。現代では「許」や「赦」など、さまざまな漢字を当てていますが、もとは「ゆるい」「ゆるむ」などと語源を同じくする、日本古来の言葉です。

固いもの、ぴんと張ったもの、きゅっと引き締まったものをゆるめる――つまり「ゆるす」という言葉も、他人に対して抱いた自分のかたくなな気持ち、張りつめた気分、心の緊張などをゆるめることを意味したものだといえるでしょう。

心の緊張をゆるめることを「リラックスする」といいますが、リラックスできないイライラした状態が続けば、自分が苦しいだけでなく、その緊張は周囲にも影響を及ぼします。

「許せない」という思いにとらわれそうになったときは、ひと呼吸置いて、まずは自分自身の心を見つめてみたいものです。

例えば、手紙の投函を忘れられて「許しがたい」と感じたとき、その心を見つめてみると、次のような気持ちがあることに気づくかもしれません。

○「急がない」と言われても、人から頼まれた仕事は早めにやるべきだ。

○仕事を頼まれたら、頼んだ人の立場を慮って取り組まなければならない。

○手紙が届くのを待っているかもしれない相手の気持ちも思いやるべきだ。

これらはもっともなことですが、まず振り返ってみたいことは「自分は正しい」という思いにとらわれるあまり、知らず知らずのうちに「他人も当然そうあるべきだ」というかたくなな心を生んではいないかということです。そうした気持ちがあればこそ、期待に応えてくれなかった相手に対して「許せない」という気持ちがわき起こるのではないでしょうか。

■自分も誰かに許されている?

パンパンに膨らんだ風船をゆるめるには、空気をそっと抜いてやらなければなりません。同じように「許せない」という張り詰めた気持ちをゆるめるには、自分の頭をいっぱいにしている思いを見つめ、これを少しずつ抜こうとする努力が必要になります。この問題は、「許せない」という気持ちを抱いた相手が家族や友人、職場の同僚などの身近な存在であれば、なおのこと切実でしょう。

長年、人の心の痛みに寄り添い、回復を支援する活動を続けている上智大学グリーフケア研究所の高木慶子さんは、「許す」ということについて次のように語っています。

「きっとあなたは“このままではいけない”と、なんとか関係性を元に戻すために相手を許そうと『葛藤』、それ以上の場合は自分自身と『格闘』するのではないでしょうか。『許したい、でも許せない』と延々と繰り返し、苦しみながらも打開策を見つけようとしているはずです。ところが、ここですでに大事なことを見落としていることに、ほとんどの人は気づきません。

それは、誰かを『許す』ことよりも、誰かに『許される』ことのほうがずっと難しいということです。自分が誰かに対して怒りを感じているときは、そのことだけで頭がいっぱいです。ですが、私たち自身も誰かから許される努力をされている存在だということを忘れてはいけません。知らないところで、誰かが私を許そうとしている、相手はもしかしたら私以上に苦しみながら、私を許そうとしているかもしれないということを忘れないでいただきたいのです」

(『れいろう』平成28年3月号より)

■許し合い、補い合う心を大切に

世の中に完全無欠な人はいません。誰もが長所と共に短所を持っているものですし、時には過失や失敗もあるでしょう。

ところが私たちは、他人の失敗に直面したとき、自分のことは棚に上げて、不満を抱きがちです。「自分は正しい、相手が間違っている」というかたくなな考えから「許せない」という思いを募らせて、相手にきつく当たってしまうこともあるかもしれません。

しかし、相手の立場を考えると、どうでしょうか。失敗を暴かれて喜ぶ人はいません。怒りや憎しみを覚えたり、心に深い傷を受けたりする場合もあるでしょう。それは互いの人間関係をギスギスさせるだけでなく、周囲にも不穏な空気を醸し出します。

「他人は自分の鏡」といわれるように、他人の落ち度が気になるときは、自分にも同じようなことはないかと振り返ってみる必要もあるでしょう。人を「許せない」と思っている自分もまた不完全であり、誰かに許されているのかもしれない――そう考えたとき、固くなっていた心が少しゆるんで、そこに相手を思いやる「心のゆとり」が生まれるのではないでしょうか。

かたくなな心をゆるめて許し合い、補い合う。そんな習慣が、自分の心も相手の心も穏やかに保ち、互いの信頼を深め、周囲をも明るく和やかにしていく鍵となるのです。

(『ニューモラル』567号より)