思いやりの「ひと声」
たったひと言によって心が温まり、たったひと言によって心が傷つく。ほんのひと声が足りなかったがために、誤解やわだかまりを生じる……。そんな「言葉の持つ力」。日々の生活の中で、どれだけ意識していますか?
■「ひと声」の力
例えば、道で人とぶつかりそうになったとき。とっさに「すみません」のひと声が出なくて、なんとなく後味の悪さが残った……そんな経験はないでしょうか。
昨今は街へ買い物に出かけても、場合によってはひと言も発することなく用事を済ますことができる時代です。
スーパーマーケットやコンビニエンスストアに入るときに「ごめんください」と挨拶する人は、ほとんどいないでしょう。売り場に並んだ商品をレジへ持って行き、お金を渡せば買い物は成立します。レジが混み始めると、お店の側で「お待ちの方は、こちらへお並びください」と声をかけてくれることが多いため、順番を待つ買い物客同士で声をかけ合う必要もありません。銀行や郵便局などでも、機械から整理券を受け取って呼び出しを待てば目的を果たすことができます。
しかし、利便性が向上したとはいえ人とふれあいながら声をかけ合うことのない状況には、どこか寂しさも感じます。「たったひと声」を惜しんだがために気まずい思いをすることも、あるのではないでしょうか。
■お互いの「安心」のために
人と言葉を交わすことは、相手に心を向ける行為であり、こちらから心を開く行為でもあります。それは家族や友人・知人、職場の同僚等、日常的に関わる人との間だけでなく行きずりの間柄であっても大切なことです。
先を急ぐときの「すみません、通してください」というひと声。ちょっとした迷惑をかけてしまったときの「失礼しました」というひと声。道を空けてもらったときや買い物をするときの「ありがとう」というひと声……。そうした声をかけ合うことで、お互いにより気持ちよく過ごせる場面もあるでしょう。
時には、他人に対して“せめてひと声かけてくれていれば……”という思いを抱くことがあるかもしれません。しかし、人間関係は「お互いさま」。知らず知らずのうちに自分が他人に迷惑をかけていることもあるはずです。まずは「ひと声」の大切さに気づいた自分から、「お互いの安心を生む声かけ」を心がけていきたいものです。
■「相手を思う心」を言葉に乗せて
ひと声かける――それは、ささやかな行為です。しかし、ささやかだからこそおろそかにしてしまい、相手を不快な気持ちにさせていることがあるかもしれません。また、同じ声をかけるにしても、「おい、邪魔だ」といった心ない言葉では逆効果になることは、言うまでもありません。
相手を思いやる心で温かい言葉をかけたとき、自分の心にも相手の心にも少なからず温かい気持ちが生まれるのではないでしょうか。ほかにも、明るい気持ちになる言葉、暗い気持ちになる言葉、人を勇気づける言葉、人を落胆させる言葉、安心や喜びを与える言葉、不安や悩みを与える言葉など、いろいろな言葉がありますが、すべては自分自身の心から発するものです。日ごろから温かい心を大きく育んで、自分にも相手にもよい影響を与える言葉がけを、積極的にしていきたいものです。
言葉とは、心のかけ橋です。温かい言葉が交わされたとき、そこには心豊かな人間関係が生まれます。一人でも多くの人がそうした意識を持って、その輪を家族や友人などの身近な人間関係から学校や職場、地域社会などへと大きく広げていったところに住みよい社会が実現するのではないでしょうか。
(『ニューモラル』564号より)