家族の歩みをたどる

自分が生まれる前のこと――例えば、父母や祖父母はどのように生きてきたかという家族の歴史に思いを馳せたことはありますか?親祖先とは、私たちの「いのち」の源です。その歩みに心を向けたとき、どのような思いが湧き起こるでしょうか。

■「自分のルーツ」って?

今から20年ほど前、Mさんが大学生のころの体験です。語学を専攻していたMさんは、3年生の夏にアメリカへ留学しました。

ある日、授業で「自分のルーツ」について発表するという課題が与えられたときのことです。Mさんは内心、日本の学校ではなじみのない課題に戸惑いつつ、グループディスカッションに臨むことになりました。

「僕の先祖はドイツ系移民です。1700年代にアメリカへ移住し、革職人として商売を始めました」「私の家はイタリアがルーツです。1800年代の後半にアメリカに来ました。曾祖父が料理人として成功し、今に至っています」……

同じグループの学生たちは、積極的に手を挙げて自分の祖先や家族の歩みを誇らしげに語ります。周囲の勢いに押され、先生から指名されるまで何も発言できずにいたMさん。彼らが自分の家や国などに対する帰属意識を強く持っていることを感じ、大きなカルチャーショックを受けたのです。

■「根っこ」に心を向ける

この課題を機に、「わが家の歴史」について父親に尋ねてみることにしたMさん。そのとき、自分にとって「一番身近な祖先」といえる祖父の歩みすらよく知らなかったことに気づいたといいます。父方の祖父は、Mさんが生まれる前に他界しており、時折、家族との会話の中で祖父の話を耳にすることはあったものの、あまり深く知る機会がなかったのです。

メールのやり取りを通じ、祖父の歩みを教えてくれたMさんの父親は、そのメールを次のように締めくくっていました。

「わが家の歴史について尋ねられて、自分自身、あらためておじいさんの後ろ姿や自分が親祖先から受け継いだものを思い起こすことができた。おじいさんがいなかったら、父さんもおまえも生まれてくることはなかった。そのことを忘れずに、毎日を過ごしていこう」

父母や祖父母は、何を大切にしながら人生を歩んできたか。そして、どのような思いを自分たち子孫に向けてきてくれたのか――。そうした「自分の根っこ」に心を向けたとき、Mさんは自分と父親と祖父とが一本の糸でつながったような感覚を味わったといいます。

■「つながり」を感じる心を大切に

私たちの「いのち」の始まりには、必ず父母の存在があります。父母にももちろん、それぞれに親があり、その先には無数の祖先たちが存在します。連綿と続く「つながり」の中で、祖先たちはどのように歩み、次の世代に何を願って「いのち」をつないできたのか――。その点に思いを馳せるとき、自分自身を大切にし、よりよく生きようとする力が心に満ちてくるのではないでしょうか。

その中でも父母や祖父母は、私たちにとって最も身近な「ご先祖様」ということができます。その歩みに心を向ける意味でも、直接にふれあい、会話をする機会を大切にしたいものです。すでに亡くなっている場合でも、折に触れて人柄を偲ぶなどさまざまな形で感謝の気持ちを思い起こすことはできるでしょう。

それは「遠い過去からはるかな未来へと続く家族の歴史の中に今、自分が存在する」という、自分自身の位置づけを確認し直すことでもあります。親祖先から受け継いだ「いのち」と「心」を大切に育み、これらを子孫へつなぐという使命を自覚したとき、草木が大地にしっかりと根を下ろしてこそ大きく育つように私たちも力強く生きていくことができるのではないでしょうか。

(『ニューモラル』566号より)