先人の思いを受け継ぐ

私たちの身の回りには、家庭や学校、地域や会社などの中に息づく「小さな伝統」をはじめとして、過去の多くの人々から受け継がれてきたものがたくさんあります。そうしたものをどのように受けとめ、また、未来に向けてどのように生かしていったらよいのでしょうか。

 

■受け継がれる伝統

 

学校は卒業シーズン。部活動や学校行事など、学年を越えて一つの活動に取り組む場では先輩から後輩へ、役割(仕事)の「引き継ぎ」が行われているのではないでしょうか。また企業でも、定年退職や異動など、さまざまな事情からこれまでとは違ったメンバーで新年度を迎える場合も多いことでしょう。

どのような仕事にも、これまでには多くの先輩たちの働きがあり、その積み重ねの上に現在があります。自分で仕事を始める場合であっても、まったく新しいことを一から生み出すわけではなく、そのもとになるものはすでにどこかに存在している場合がほとんどでしょう。私たちの暮らす社会では、このように、前の世代が次の世代を育て、それがまた次の世代へと受け継がれていくことが繰り返されてきました。

こうして代々受け継がれているものは、学校や職場だけでなく、私たちの身の回りのさまざまなところで見いだすことができます。地域のお祭りや伝統行事、また、家庭の中では料理やしつけをはじめ、さまざまなしきたりが、代を重ねて受け継がれていることでしょう。こうした物事の継承は、自然に行われているわけではありません。それぞれの世代で「受け継ぐ努力」をきちんと続けることによって可能になっているのです。

 

■老舗の家訓に見る「心」

 

日本社会には、このように代を重ねて物事を受け継いでいくことを尊重する文化が根付いています。その代表的な例が老舗の存在です。日本には、創業から100年以上の企業が10万社以上、200年以上の企業でも3,000社以上あるといわれており、これは世界の各国と比べても、圧倒的に多い数字です。

ここで興味深いのは、会社としては続いていても、その事業の中身は時代に応じて変化してきているところが少なくないことです。一例を挙げれば、鍛冶屋として出発し、刃物から洋食器へ、そこから広く生活用品全般を扱うようになった会社があります。金属加工の技術を受け継ぎながら、時代に応じて仕事の内容を変えて、生き残っているわけです。

一方で、こうした老舗の多くに共通するのは、代々伝えられてきている家訓の存在です。商売を営んでいくうえで重要な項目を子孫のために書き残し、それを代々の当主が受け継いできたのです。質素倹約や正直な取引、お客様への奉仕、地域への貢献など、内容はさまざまですが、いずれも重要な心構えです。このような家訓を守り続けることで、周囲からの信頼が得られ、それが永続的な事業の基盤となっているのです。

事業の形は時代に応じて変化させていきながらも、芯となる精神はしっかりと受け継いでいく。それが老舗の生き残りの重要な鍵といえるでしょう。また、こうした老舗のあり方は、私たち一人ひとりの生き方について考える際も学ぶべき点があるのではないでしょうか。

 

■先人の思いを受け継ぐ「恩送り」

 

「恩送り」という言葉があります。誰かから受けた恩を直接本人に返すのではなく、次の「誰か」へと渡していくということです。もちろん、直接本人に返せる場合はそうすべきでしょうが、誕生してから今日までに受けたすべての恩恵を考えると、とても返しきれるものではないでしょう。また、私たちがこの世に生まれてきたこと自体、大勢の祖先によって親から子へ、子から孫へと絶えることなく命が受け継がれた結果であるのです。学校や地域、会社などのさまざまな場で受け継がれる伝統や「後進を育てようとする思い」にも、同じことがいえます。

自分に注がれている「先人たちの思い」を次の世代に引き継いでいくことも、「恩返し」の大切なあり方です。

こうした関係は、リレーにたとえることができます。リレーランナーの一人として、前の代から受け継いだバトンを自分がしっかりと守り育て、次の代へと引き継いでいく。こうした責任を自覚して、それを積極的に果たしていくことは、先人の業績を大切にすることであり、先人の思いを受け継ぐことでもあります。それは多くの先人たちに対する、何よりの恩返しになるのではないでしょうか。

(『ニューモラル』526号より)