今、ここから始める
私たちは、誰もが“順風満帆な人生を送りたい”と願っています。しかし、長い人生の道のりでは、病気や事故など予期せぬ災難に遭うこともあります。そんなとき、どのような心構えで困難を乗り越えていけばよいのでしょうか。
■けがをしたからこそ、今の自分がある
会社員のKさん(28歳)の、学生時代のお話です。
Kさんは高校3年生のころ、大学入試の直前に事故に遭いました。そのときに負ったけががもとで、長期の入院生活を送ることになったため、その年の受験はできませんでした。「今までの努力はなんだったんだろう」と、一時はひどく落ち込んだといいます。
しかし、Kさんは「この経験をばねにして伸び上がろう」と心機一転、外に出ることができない分の時間を勉強に費やした結果、翌年には志望する大学への入学を果たしました。4年後の就職活動も“同級生より送れて社会に出るのだから”という思いで一生懸命に取り組んだそうです。
そして今、晴れて結婚式を迎えたKさんは、「事故がなければ今の会社に就職していたかどうかも分からないし、ここで同僚として出会った妻とも、もしかしたら出会わなかったかもしれない。けがをしたからこそ、今の自分がある。そんなふうに考え方を変えることができたからこそ、その後のいろいろな出来事も前向きに乗り越えることができたのだと思う」と振り返ります。
■人間万事塞翁が馬
中国の故事に、こんなお話があります。
昔、中国の北方の砦(塞)の近くで、一人の老人が息子と一緒に暮らしていました。ある日、その老人の飼っていた馬が逃げたので、周りの人たちは気の毒がりました。しかし、老人は泰然と構えています。
しばらくすると、逃げた馬が立派な馬を連れて帰ってきました。ところが、周りの人たちに「よかったですね」と言われても、老人はたいして喜ぶ様子もありません。
ある日、老人の息子がその馬から落ちてけがをします。周りの人たちは気の毒がりましたが、老人はやはり平然としていました。
それからしばらくして戦争が起こり、戦場に出た村の若者たちは、ほとんどが戦死してしまいました。ところが老人の息子はけがで兵役に就けなかったため、生き長らえたのです。
それからというもの、人々は「人間万事塞翁が馬」と言って、一時の幸せや一時の不幸に一喜一憂しないほうがよいということを教訓としたということです。
■心の持ち方一つで
Kさんは入院中、尊敬する親戚の叔父さんからこんなアドバイスを受けたといいます。
「現状を悲観して生きていくのも一生、この経験をばねにして伸び上がるのも一生。ほかの人より遅れているとは言うけれど、人生のゴールはどれだけ遠くにあるものだと思う?長い人生、1年や2年立ち止まったって、たいしたことはないよ。それに、マラソンで一番になるのは確かに格好のいいことかもしれないが、一番でなくても最後まで一生懸命に走りきる姿はみんな美しいものだと、私は思うんだ」と。
私たちの人生には、時として思いがけない災難や不幸が訪れることがあります。また、自分の意図に反する失敗や問題に直面することもあります。
ひとたび生じてしまった事態は元に戻りませんが、事態の受けとめ方やその後の対応は、当人の心次第です。また、困難な状況だからこそ、ふだんは気づかなかった物事に気づくこともあるでしょう。
一見苦しみと思える経験でも、しっかり正面から受けとめると、それを自分の「人生の土台」という意義あるものに変えることができます。つらい体験も含めて、日々の出来事をすべて前向きに受けとめることができれば、私たちの人生は喜びや希望に満ちていくことでしょう。
(『ニューモラル』517号より)