暮らしに生かす「三方よし」

誰かのためを思ってしたことで、思いがけず他の人に迷惑をかけたり、不快な思いをさせたりすることがあります。自分にとっても、相手にとっても、そして第三者にとっても望ましい結果を得るためには、どのようなことを心がければよいでしょうか。

■「お客様第一」の店

ある街に、安売りを看板にするスーパーマーケットが開店しました。連日、大勢のお客さんで大にぎわいです。

「とにかくお客様が第一だ。お客様に喜んでもらうために、ほかの店より一円でも安く売るぞ。頑張ろう」
店長は、いつも店員たちに発破をかけています。店内のスピーカーからは明るい音楽が流れ、店員の元気な声が飛び交います。閑散としていた商店街がにぎやかになったのはよいのですが、困ったことも起こってきました。

店には十分な駐輪スペースがないため、お客さんは自転車を適当な場所に停めて買い物をしています。安売りのために人件費を抑えたこともあって、乱雑に停められた自転車を整理する人もいません。特にタイムセールの時間には、店の前までお客さんでごった返し、道行く人のじゃまになるほどです。雑然とした雰囲気のせいか、だんだん路上のゴミも増えてきました。

「活気が出てきたのはいいけれど、なんだか街がざわついてきたね」
地元の人たちは、少し渋い顔をしています。

■大切なのは相手だけ?

私たちは何かよいことをしようとするとき、〝相手は自分の行為をどう受け取るだろうか〟という点にはあれこれと思いを巡らします。例えば困っている人を見たら、その人のために自分ができることを考えて、行動を起こすでしょう。
こうした親切心や思いやりはとても大切なことですが、時に、それだけでは不十分なことがあります。

誰かのためを思って取った行動でも、直接の相手以外のことには十分に配慮できていない場合があるものです。そうして思いがけず迷惑をかけてしまった相手から、自分の気づかないところで文句を言われていたりするかもしれません。

■売り手よし、買い手よし、世間よし

近江商人の経営理念を表すものとして、「売り手よし、買い手よし、世間よし」の「三方よし」という言葉があります。近江商人とは、江戸時代から明治時代にかけて、近江地方(現在の滋賀県)を拠点として日本全国で商業活動を行った商人たちの総称で、現在では大企業となっている例も数多くあります。

「三方よし」の理念の中で特に重要なのは、「世間よし」という点です。
「売って喜び、買って喜ぶ」というように、自分と取困る引相手の利益を共に大切にする考え方はほかにもありますが、さらに進んで「世間」に対しても配慮しようとするものです。直接の相手だけでなく、第三者の利益にも心を配ることが「三方よし」の要点です。

近江商人の家訓には、「正直で誠実な商業活動に励む」「商売先の他の地域の人々を大切にして、私利をむさぼることのないように心がける」といった内容がたくさんあります。また、橋や寺社を修復する際の多額の寄進や、被災者に対する救援活動なども行ってきました。

こうして広く社会からの信用を得たことで、近江商人は現在に至るまで、息の長い商売を続けてくることができたのでしょう。

■「思いやりの心」を広げる

この場合の第三者とは、自分と相手以外の人、すべてであって、特定の人を指すわけではありません。その時々でいろいろな関係者が当てはまりますが、まずは日常生活の中で、何をしようとするときにも一呼吸置いて、「自分の行動の影響を受ける人」に心を向けてみることが大切でしょう。

例えば、先の事例でも、通行人や商店街全体のことにまで配慮する視点を持てば、「自転車の整理や往来のゴミの片付けに人手を回そう」といった点に思い至るかもしれません。

このように「第三者」に心を向けることを習慣づけ、何事にも少しの知恵と想像力を働かせていくことで、より多くの人々へ思いやりの気持ちを広げることができるのではないでしょうか。
(『ニューモラル』514号より)