「つながり」の中に生きる

「袖振り合うも多生(他生)の縁」ということわざがあります。これは、「道で袖と袖とが触れ合うような小さな出会いであっても、すべて前世からの縁によるものだから、大切にしなければならない」ということを教えています。日本人は古来、人と人との「つながり」を大切なものと考えてきました。家庭や学校・職場、地域社会などの身近な場において、一緒にいて安心できる人が欲しいということは、人間が持つ根源的な欲求の一つと言えるでしょう。また、同じ時代に生きる人々との「つながり」だけでなく、世代を超えた多くの人々との「つながり」も存在します。今回は、そうしたさまざまな「つながり」を大切にする生き方について考えます。

■支え合いで成り立つ社会

現代はたいへん便利で効率のよい世の中になりました。私たちの暮らしに必要な食品や日用品、衣料品などは、人と深く関わらなくてもコンビニエンスストアやスーパーマーケットで簡単に手に入れることができます。また、電気・ガス・水道・新聞などの料金は、以前ならば集金の担当者が自宅にやってきて、挨拶を交わして支払ったものですが、今では銀行口座からの引き落としなどによって、人と顔を合わせずに支払いを済ませることができるようになりました。さらに、自宅のパソコンからインターネットに接続し、欲しいものをネット上で探してキーボードを叩くだけで、生鮮食品から大型の家具まで、さまざまな品物が購入できます。このように便利な生活に慣れてくると、他人と関わらなくても自分一人で生きていけるように思えるかもしれません。

しかし、果たして本当にそうなのでしょうか。私たちの社会生活がとどこおることなく順調に動いているのは、直接顔を合わせる機会のない人も含めて、仕事や奉仕などによってそれぞれの持ち場で支えている多くの人たちの力があるからです。社会とは、これを構成する人々の努力や献身、支え合いによって成り立っていると言うことができます。自覚しているかどうかにかかわらず、私たちは実に多くの人々との「つながり」に支えられて、日々の生活を送っているのです。

■縦のつながり・横のつながり

私たちを支える「つながり」は、同じ時代に生きる人たちとのものだけではありません。現代の暮らしに不可欠な電気・ガス・水道も、警察・消防・交通機関などの公共財も、生活を支える社会制度やサービスも、元をたどれば、多くの先人たちが長い年月をかけて整備してきたものです。一朝一夕にできたものは、何一つありません。「先人木を植え、後人その下で憩う」という言葉があります。過去に生きた人々の努力や苦労があって、今を生きる私たちはその恩恵を受けることができるのです。そこには“次の世代が幸せに暮らせるように”という先人たちの思いや願いもあったことでしょう。現代の日本は、課題は確かにあるものの、多くの先人たちによる努力の積み重ねによって、非常に恵まれた生活を送ることができるようになった国の一つであると言えます。その快適な暮らしの背後にある先人の苦労や献身、そして思いを忘れてはならないでしょう。大きく見れば、日本という国そのものに、先人たちの尊い思いが込められているのです。同じ時代に生きる人と人とのつながりが「横のつながり」であるとすると、遠い過去に生きていた先人たちとのつながりは「縦のつながり」と言うことができます。私たちは、そうしたさまざまな「つながり」を感じる心を大切にしていきたいものです。

■恩を知り、恩に報いる

仏教の教えに「知恩」「感恩」「報恩」という言葉があります。これは、自分自身が数限りない恩を受けているという事実を知り、それらの恩に感謝して、恩に報いることの大切さを説くものです。親・祖先に代表される先人との間の「縦のつながり」を認識することで、私たちは、今を生きるうえでの「心の糧」を得ることができます。それだけではなく、「過去に生きた人々の苦労や努力の上に今がある」という点に思いを致し、感謝の念を持って「先人の心」を大切に受け継ぎ、生かすことは、自分自身が先人から受けてきた恩恵に報いる方法の一つと言えるのではないでしょうか。また、私たちは、自分を支えてくれる身近な人々や社会との「横のつながり」の中で、仕事や奉仕などを通じて「支え合い」に参画し、貢献することができます。一人ひとりがそれぞれの立場から社会の一員としての務めを果たすことで、私たちの社会生活は保たれ、将来にわたって発展していくのです。そのようにして「横のつながり」の中で自分の力を生かしていくことで、自分自身の生きがいや安心、喜びも得られるでしょう。さらに、はるかな未来へと続く「縦のつながり」の中にあって、“次の世代が幸せに暮らせるように”という先人たちの思いを受け継いで、これから生まれてくる子孫の世代が自分たちと同じように、あるいはそれ以上に幸せな暮らしができるように社会の維持・発展に努めていくことは、祖先の世代の恩恵に報いることにも通じるのではないでしょうか。自分自身を支えてくれている、縦と横のさまざまな「つながり」を再認識し、これらをよりよく生かしながら、一人ひとりが心豊かな人生、そして住みよい社会を築いていきたいものです。

(『ニューモラル』506号より)