気持ちを伝える

よりよい人間関係を築くうえでコミュニケーションが大切であることは、多くの人が知るところです。しかし「相手に対する遠慮が先に立って、自分の気持ちを素直に伝えられない」「感情的になりやすく、穏やかに話せないときがある」といった悩みを抱える人も少なくありません。今回は、自分の気持ちをしっかりと伝えながら円満な人間関係を築くことのできるコミュニケーションのあり方について考えます。

■円満な人間関係を築くために

コミュニケーションとは、お互いの気持ちや考え、またはその他の情報を、言葉や文字・態度・表情等を通して伝え合うことです。人と人との関係においては、いつも円滑なコミュニケーションによって意思の疎通を図ることが理想です。しかし実際には、お互いの立場の違いや利害関係、自分の性格・気性なども手伝って、自分の率直な気持ちを相手に伝えることは、思いのほか難しいものです。

もっとも「自分の意に沿わないことがあると憤慨し、一方的に自分の意見を言い張る」といった態度では、主張の内容がどれほど正しくても、円満な人間関係を築くことはできないでしょう。しかし「こちらが我慢をすれば、この場は丸く収まるだろう」といった考えから、必要以上に自分の気持ちを押し込めてしまうのも考えものです。そこには相手に対する純粋な思いやりではなく、「自分の保身のために、表立っては反発しないでおこう」といった下心が潜んでいる場合もあるかもしれません。

表面的には相手を尊重しているかのように振る舞っていても、内心では別の感情を抱いていたとすれば、それはいつしか相手にも伝わり、人間関係がぎくしゃくしてくるのではないでしょうか。また「どうせ自分が言っても聞く耳を持ってもらえない」という一方的な考えによってはじめからコミュニケーションをあきらめてしまったり、心の中の不平や不満、葛藤や煩悶が募ったりすれば、自分自身を苦しめることにもなります。円満な人間関係を築くためにも、自分自身の率直な気持ちをさわやかに伝えることを心がけたいものです。

■自分も大切、相手も大切

臨床心理士の武藤清栄(むとう・せいえい)さん(東京メンタルヘルス㈱所長、関東心理相談員会会長)は、次のように述べています。


コミュニケーションでは「自己理解」というのがたいへん重要になります。相手の話を聴くためには、まず自分の気持ちや感情に気づく必要があります。しかし現実には、自分の本当の気持ちをかくして対応してしまう場合があります。こうなると、気持ち(態度)と言葉がバラバラになります。たとえば、「怒ってないよ!」と言いつつも怒鳴るとか、「ぜんぜん気にしてないから」と言葉では言ってもふくれっ面をしているような表現になります。気持ち(態度)と言葉に矛盾が生じるのです。(『なぜ、あなたの話は伝わらないのか』大和書房)

「気持ちと言葉を一致させて本音を伝えることが大切」といっても、思ったことをそのまま、一方的に伝えればよいわけではありません。「この言葉を受けた相手はどのように感じるか」といった点もよく考えて、配慮のある伝え方をしていく必要があります。「自分の気持ちを大切にしてよい」ということは、同時に「相手の気持ちも大切にすべきものである」ということでしょう。自分のことと同じように相手のことも尊重しながら、お互いに対する理解を深めていった先に、心豊かな人間関係が築かれていくのです。

■「私は」を主語にする

相手のことも尊重しながら「自分自身の率直な気持ち」をさわやかに伝えるポイントとしては、まず「私は」という言葉を主語にして話をすることが挙げられます。これは、「あなたは」を主語にした言い方と比較してみると、より分かりやすいでしょう。この場合、「あなたはいつも~だ」というように、否定的・攻撃的な口調になりがちです。それを「私はこう思います(こう感じています)」「私は~に困っています」といった言い方に変えてみると、自分の気持ちを穏やかに表現できるのではないでしょうか。また「~だとうれしいです」といった肯定的な表現や、「~であればできます」といった前向きな提案があれば、相手もこちらの主張をより受けとめやすくなるでしょう。

■「さわやかコミュニケーション」のすすめ

何事も、基本は「お互いを尊重し合う温かい思いやりの心」にあります。自分一人の利害や好悪といった狭い考えにとらわれることなく、「まごころ」を伝えるという心の姿勢をもって、相手に対する思いやりに満ちた「さわやかコミュニケーション」を心がけたいものです。それは、自分と相手の双方に喜びや満足をもたらすだけでなく、その周囲の人たち(第三者)にも大きな安心を与え、同時に私たちの人生そのものをよりよい方向へと導く力となっていくことでしょう。

(『ニューモラル』539号より)