家庭の温度を上げましょう
家庭には温度がある――。その温度とは、温度計で測るものではありません。それは、「温かい雰囲気の家庭」あるいは「冷たい雰囲気の家庭」と表現できる、その家族が自然とかもし出すある種の雰囲気や空気と言えるものです。
今回は、「家庭の温度を上げる」をテーマに、円満な家庭づくりや子育てについて考えます。
■家庭の中に「おはなし」はあるか!?
夜寝る前、子供たちにお話や絵本などを読み聞かせているというご家庭は多いのではないでしょうか。臨床心理学者の河合隼雄氏は、こうした「おはなし」の効用について次のように述べています。河合氏が、かつてイギリスを訪れたときのことです。
「1カ月ほど前からアイルランドを経てこちらに来ましたが、その間に『おはなし』をたずねる旅をしています。(中略)
あるときは、屋外で『おはなし』を語る人がいると、だんだんと人が集まってきて、話が終わると、それに心を動かされて歌を歌う人や、詩を朗読する人まであって、みんなの心がひとつにとけ合ってゆくような体験をしました。あとで聞いてみると、お互いにはじめて会ってどんな人かも知らない、という人もあったようで、このようにして『おはなし』が人間の心をひきつける力の強さを感じたのでした。
こんなふうに『おはなし』は人の心と心を結びつける力をもっているのに、日本の家庭から『おはなし』が姿を消しかけていないか、と心配になります。(中略)
どうかみなさんの家庭でもぜひ子どもに『おはなし』を聞かせてやってください。自分の好きな話であればどんな話でもいいのです。話をしながら、子どもの表情を見てください。どんなに目を輝かして聴いていることか。この表情の素晴らしさに触れると、大人のほうもまた『おはなし』をしたくなるでしょう。(中略)
私はそんなおはなしなどできない、という方には、絵本の読み聞かせをおすすめします。(中略)
子どもが寝るときなどに、絵本をいっしょに見ながら読んであげるとよろしい。欧米では、これをお父さんがしていることが多いようです。お父さんと子どもの心が通い合う時間として、非常に大切なものと言えるでしょう。
子どもは好きな絵本ができると、それを何度も読んでくれと言うはずです。おはなしを完全に覚えてしまっていてもこう言うのはふしぎに思いますが、そうすることで親との心の結びつきをたしかめているのでしょう」
(『困ったときの子育て相談室』創元社)
子供にお話や絵本の読み聞かせをすることは、日常のささいな出来事のひとつと言えます。こうした親と子の触れ合いは、少し心にゆとりがあれば、日常生活の至るところに発見することができます。忙しい毎日の中で起こる出来事を、ささいなこと、つまらないことと考えて見過ごせば、ただそれまでのことです。しかし、その中に“親子の触れ合い”や“家族の絆”という価値と意味を見出すことによって、ささいな出来事が光り輝く大切な出来事に変わり、「家庭を温かくする」ことに役立っていくのです。それは私たちの心の持ち方ひとつ、物事の考え方やとらえ方ひとつであると言っていいでしょう。
■家庭の温度を上げる
さて、『ニューモラル』で連載中の「心づかいQ&A」の回答者であった穂苅満雄さんは、家出を繰り返す高校2年生の娘と、相談しても取り合ってくれず、いつも喧嘩が絶えない夫について悩む40代の母親からの相談に対して、次のように答えています。
「子どもの問題行動をつくり出す1つの原因に、両親の不仲ということがあるようです。両親が争ったり対話がなければ、家庭の中は自然に冷たくなり、子どもは非行に走ったり、家出をしたりするのです。
そこで、あなたのお宅の温度を上げてみてはどうでしょうか。自分の家の中が外の温度よりも温かかったならば、子どもは外へは出て行きません。
私のいう温度とは、人間としてのふれあいの温度のことなのです。娘さんが、家で親といるほうが温かいと感じるなら、外へは出て行かないと思います。
帰宅した娘さんに、すぐ『どこへ行っていたの? お母さんがどんなに心配していたか分からないの!』と叱ったり、うるさく文句を言ったりしていませんか。
確かに、娘さんの言動を心配するのは、親として当然のことです。しかし、子どもは、それを親の愛情とは受けとめず、『うるさいなあ、世間体ばかり気にして』と思っているかもしれません。
そこで、娘さんが家出して帰ってきたとき、『あれっ!』という感じをもたせることです。今までと何かが違うという『あれっ!』です。それは、理屈ではなく、家の雰囲気がかもし出すものです。つまり、夫婦の仲の睦まじさ、母親の笑顔、やさしい言葉の語りかけなどでつくられていくものです。
このような対応を続けていくうちに、家庭の中の温度もだんだんと上がって、雰囲気も和やかになっていきます。(中略)
結局、親である夫婦が、健康で仲良く生活していくことが何よりの基本です。その姿を見て、娘さんも〝今までとは家の雰囲気が違っている〟と感じ、家出も少なくなっていくことでしょう」
(『心づかいQ&A 感謝の心が人生を変える』モラロジー研究所)
私たち1人ひとりを1隻の船にたとえるならば、家庭は船が帰還する港に当たります。夜のとばりが下りた海の中にあって、遠く港の温かな灯りが見えたときに感じる安堵感。それは家庭にも当てはまります。家庭の温かさは、家族の安らぎと喜びを増幅してくれるものなのです。
■私たちができることを考える
親と子の心を育て、家族の絆を深める場は、「家庭」にあります。そして、その家庭の温度を高め、家族の幸せを築いていくのは、他人ではなく、当事者である家族一人ひとりが力を合わせていくしかありません。
家庭の温度を上げるために、一度、機会をつくって家族全員で話し合ってみてはいかがでしょうか。家族が集まって話し合う、そのこと自体がすでに「家庭の温度を上げる」ことにつながっていくのです。
(『ニューモラル』472号)