日本人の美点を発揮する ~ 道徳授業で使えるエピソード~
もし、あなたが海外からの旅行者と知り合いになり、「日本人の美点は何ですか?」と尋ねられたら、いったいどのように答えるでしょうか。
今回は、日本人が本来持っている美点について考えます。
■福田さん一家とカルメンさん
今から数年前のこと、福田和俊さん(ふくだ・かずとし 20歳)の家庭は、アメリカ人のホームステイを受け入れることになりました。商社に勤める父親の取引相手のお嬢さんで、カルメンさんという黒人の女性です。長男の和俊さんは、ちょうど大学が休みに入って自宅に戻っていたこともあって、通訳と案内役を買ってでました。
福田さんの家族は、カルメンさんを迎えるにあたって、“普段着の日本”を味わってもらおうと思い、特別なことを行うことなく、いつもどおりの生活をするように話し合いました。
しかし、お母さんがいちばん気にしたのは、食事でした。アメリカの人の好みが分からず、何を出したらよいか悩みました。それを聞いたお父さんが、
「いつもどおりでいいんだよ。そう決めたじゃないか。
いや、ちょっと待てよ……。そういえば、カルメンさんはベジタリアンだって言っていたぞ。うーん、食事だけはいつもどおりとはいかないなぁ……」
お父さんは、カルメンさんが肉や魚はもちろん、卵や乳製品も一切食べられないことを説明しました。
さて、ホームステイ初日の夕食。お母さんは料理本とにらめっこをしながら、腕によりをかけて、豆腐主体の料理を何品も作っていきました。その日の夕食は、冷奴、厚揚げあんかけ、揚げだし豆腐、昆布でだしをとったお吸い物と納豆が食卓に並びました。カルメンさんは、さすがに、納豆だけは顔をしかめましたが、箸を器用に使っておいしそうに食べました。お母さんもひと安心。家族のみんなにも笑顔が浮かびました。
■心に残ったもてなしの心
それからというもの、お母さんは頭をひねり、工夫をこらして毎食の食事を作りました。そして、旬の野菜を食べてもらおうと、毎日のように買い物に出かけて行きました。ときには、会社にいるお父さんやカルメンさんの案内をしている和俊さんに電話をして、買い物を頼むこともありました。福田さんの家族も、カルメンさんと一緒に同じベジタリアン料理を食べました。お母さんの料理は、味付けが絶妙で、和俊さんもお父さんも特に気にはなりませんでした。しかも、同じ料理はカルメンさんが来てからというもの、1度も出ていません。
帰国前日の夕食時間、和俊さんはカルメンさんからある質問を受けました。
「アメリカでは、1週間に1度か2度、食品をまとめて買いますが、日本のお母さんは毎日買い物に出かけるのですか」
和俊さんが通訳すると、お母さんはこう説明しました。
「日本でもまとめて買い物をする人もいるけれど、おいしい料理を作るために、できるだけ新鮮な食材を使いたいから、毎日あちこちの店に足を運んでいるの」
カルメンさんは質問を続けます。
「それともう1つ、一般の日本の家庭でも、ベジタリアンは多いのですか。みなさんも肉や魚を食べないのですか」
福田さん夫婦、和俊さんは顔を見合わせました。その雰囲気を察したのか、カルメンさんは少し申し訳なさそうです。でも、お母さんが笑顔でこう言いました。
「カルメンさん、うちでは家族みんな、同じ料理を食べることにしているの。あなたも日本にいる間は家族なんだから、気にしなくていいのよ」
それを聞いたカルメンさんの表情は、パァーッと明るくなり、
「気を使っていただき、ありがとうございます。ここまでしてもらえるなんて思ってもいませんでした」
と、感謝の気持ちを述べました。
■「ご馳走」とは
福田さん家族は一丸となって、カルメンさんの日本滞在がよりよいものになるようにと手を尽くしました。その心づかいは、しっかりとカルメンさんに伝わったようです。「ご馳走」という言葉があります。それはふつう、「豪華な食事」という意味で使われていますが、「馳走」とは「駆け回る」ということで、本来、お客様をもてなすために、もてなす人がみずから奔走して、材料を揃えるという意味なのです。その目的は、お客様の心を満足させることにあります。福田さん家族のもてなしは、まさしくカルメンさんにとって「馳走」といえるものだったのでしょう。
人をもてなすという行為や心づかいの中に、日本人の美点をあらためて感じることができるのではないでしょうか。
■美しい心づかいを発揮していこう
日本人は、日本人自身が気づかない美点をたくさん持っています。勤勉で親切、正直、さらに相手を思いやり、もてなすというのは日本人の持っている代表的な美しい心づかいです。もてなしの心は相手の喜びを引き出し、その喜びは自分の満足感となって返ってきます。私たちは、もてなした相手が喜ぶ気持ちを自分の喜びとして感じる心を持っているのです。
また、外国から来たお客さんに対してだけではなく、家族や職場の同僚など身近な人をはじめ、誰に対しても日本の美しい心づかいを、自信を持って発揮していきたいものです。そうすることで、よりよい人間関係も自然と築かれていくのではないでしょうか。
(『ニューモラル』448号)