相手の心に寄り添う ~ 道徳授業で使えるエピソード~

私たちは、多くの人とのつながりの中で生きています。その中で「自分のことを理解してもらえた」と実感したときには、大きな喜びを感じるでしょう。よりよい人間関係を築くためには、自分のことを考えるだけでなく、まず相手を思いやり、相手を理解しようとする姿勢を持つことが大切ではないでしょうか。

今回は、相手の心に寄り添うことについて考えます。

■下級生のお世話

美咲さんは小学6年生。毎朝、同級生の優花さんと一緒に、近所の下級生たちを連れて登校しています。2人は最上級生になるときに相談して、下級生の面倒をしっかり見ようと決めていました。美咲さんたちの通学路は裏通りですが、スピードを出して狭い道を通り抜ける車やバイクが多かったからです。
途中で忘れ物に気づいた子がいると、美咲さんが一緒に家まで戻ることもありました。1人っ子の美咲さんは、たくさんの弟や妹ができたようで、世話を焼くことがとてもうれしく感じられました。
2学期が始まると、1年生が慣れてきたこともあり、ずいぶん楽に登校できるようになりました。そんな中、1つの問題が持ち上がりました。翔太くんという男の子が、集合場所に遅れて来るようになったのです。美咲さんは、初めの何回かは“まだ1年生だし、仕方がないか”と思っていましたが、周囲を待たせても気にするようすが見られない翔太くんに、不満を募らせていきました。

■遅刻を注意して

そんなある日。美咲さんはとうとう強い口調で翔太くんを注意しました。
「翔太くん、約束の時間に遅刻しちゃダメじゃない! いつも翔太くん1人のためにみんなが待ちぼうけなんだよ。明日遅れたら、置いていっちゃうからね!」
いつもは優しい美咲さんからの厳しい注意に、翔太くんは驚いたようすです。「だって……」と小声で言いかけたところに、周りから「そうだよ」とはやし立てられて、今にも泣き出しそうな顔になりました。
するとそのとき、優花さんがすっと翔太くんのほうに歩み寄ってかがみ、頭をなでながら言いました。
「翔太くん、今朝はちょっと寝坊しちゃったんだよね。明日からはちゃんと時間どおりに来られるよね」
美咲さんは、仲良しの優花さんが一緒に翔太くんを注意してくれると信じていたため、急に腹立たしく思えてきました。
「優花ちゃん、なんで翔太くんをかばうの!? 翔太くんの遅刻は昨日今日の話じゃないでしょ! みんなが迷惑してるのに。だいたい優花ちゃんは、みんなに甘いよ!」
優花さんの顔がこわばっていくのを見て、美咲さんは“しまった”と思いましたが、言った手前、どうにも収まりがつきません。
美咲さんは、ぷいと横を向いたまま、学校への道のりを1人で歩き出しました。

■「正しいこと」を言ったのに……

「遅刻する翔太くんが悪い」という思いから、つい強い口調で注意してしまった美咲さん。“私は正しいことを言ったのに……でも、言い過ぎたかもしれない”と、複雑な気持ちを抱えたまま1日を過ごしました。
家に帰ってお母さんに、翔太くんがいつも集合時間に遅刻すること、今朝そのことで翔太くんを非難したこと、怒った拍子に優花さんにも当たってしまったことを打ち明けました。
するとお母さんはこう言いました。
「きちんと遅刻を注意しようと思ったのは、さすが6年生ね。でも、いつもみんなに優しくしてきた美咲が、どうして今日に限ってそんな言い方をしたの?」
「いつもは我慢していたんだよ。でも、今日は日直が当たっていたから、少し早めに行きたかったんだもん……」
「日直の仕事も大切だものね。でも、美咲が早く学校に行きたいって思ったように、翔太くんが遅れて来るのにも理由があったかもしれないよ?」
そう言われて、今朝のことを振り返ってみると、翔太くんが何か言いたそうにしていたことを思い出しました。
「何か思い当たることがありそうね。だったら明日の朝、言い過ぎたことを素直に謝ってみたらいいじゃない。美咲が“相手の身になって話を聴こう”という気持ちになれば、きっと翔太くんも自分のことを話しやすくなると思うな」
お母さんの言葉を聞いて、美咲さんは胸のつかえがおりていくようでした。

■それぞれの事情、それぞれの思い

次の朝、美咲さんはいつもより少し早く家を出ました。
「優花ちゃん、昨日はゴメンね。ひどいこと言っちゃって……」
「私こそゴメンね。翔太くんの遅刻は私も気になっていたんだけど、みんなから責められた翔太くんがかわいそうになっちゃって……」
どうやら、優花さんも美咲さんのことを気にしていたようです。素直に謝ってみると、親友の2人が仲直りするのに時間はかかりませんでした。
「実は昨日、いろいろ聞いたんだけど、翔太くんには小さい弟がいるでしょ。翔太くんが学校へ行こうとすると、一緒について来ようとして、なかなか離れられないんだって」
「翔太くん、本当は優しい子なんだね。そういう気持ちを分かってあげられなくって……。私、ちゃんと謝らなくちゃ」
自然と笑顔になる2人でした。

■「心の扉」を開く鍵

私たちは、家庭や学校、社会など、多くの人とのつながりの中で生きています。ところが、人間関係の大切さは分かっていても、日常生活の中ではぎくしゃくしてしまうことがたびたびあります。
私たちをとりまく事情も、そこでの心の動きも、それぞれ違います。相手の言動などの表面的なことだけを見て責め立てるのでは、それがどれほど正しい忠告であっても、相手は「非難された」ということ自体に抵抗を感じるでしょう。誰でも自分のことを否定されれば、悲しく嫌な気持ちになるものです。そこで「心の扉」が閉ざされると、お互いを理解し合うことはますます難しくなります。
対照的に、「相手に理解してもらえた」と実感したときは、本当にうれしいものです。私たちの「心の扉」は、そんなときにこそ開かれ、相手への親しみや信頼も増していくようです。
私たちは、自分の都合や自分の思いを一方的に通そうとするのではなく、まず自分から「相手の立場に立って考えよう」「相手の心に寄り添おう」「相手の思いを受け止めよう」と心がけることが大切であると言えます。

(『ニューモラル』496号より)

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