子供の心と向き合う ~ 道徳授業で使えるエピソード~

「子育て」はいつの時代にあっても、親のいちばんの関心事です。特に、幼児期における親と子供の関係は、その子の将来の人間形成にも非常に大きな影響を与えます。
今回は“子育ての基本”である「子供の心と向き合う」ことについて考えます。

■「幼稚園でヒヨコが生まれたの」

5月のある午後のことです。雄太君(4歳)が、目をきらきらと輝かせて居間に飛び込んできました。
「お母さん! あのね。ヒヨコが生まれたんだよ。とってもかわいくって……」
その声は大きく弾んでいました。
実は、今日、雄太君の通う幼稚園でヒヨコが生まれました。その瞬間を間近で見た雄太君は、生命誕生の神秘と生まれたてのヒヨコのかわいらしさにとても感動し、その思いを大好きなお母さんに伝えたくて、胸がドキドキしていました。
母親の由美子さん(32歳)は、ちょうど洗濯物を畳んでいる最中で、1歳半になる妹の美咲ちゃんが由美子さんにまとわりついています。
「雄太。お母さんね、今ちょっと忙しいの。後で聞いてあげるから、ちょっと待っててね。」
いたずら盛りの美咲ちゃんは、何でもかんでも口に入れたり、手でつかんでは放り投げたりと、好奇心旺盛で片時も目が離せません。
「お母さん、今日、幼稚園で……」
雄太君はもう1度話しかけようとしましたが、由美子さんは美咲ちゃんに手を焼いている様子です。
「雄太、美咲をあっちの部屋へ連れて行って遊んでやってくれない。ね、お願いだから」
「……ウン、分かった」

それからしばらくして、洗濯物の片付けが終わった由美子さんが、子供部屋に行ってみると、雄太君は美咲ちゃんといっしょに塗り絵をしていました。
「雄太、お母さん、やっと用事が済んだわ。さっきの話なあに? お母さんに聞かせて」
「う~ん、……もういいや……」
雄太君はポツリと言いました。その心は、すっかり由美子さんから離れていました。

■子供の心の声に耳を傾けよう

親は、家事や育児に忙しく追われていると、幼い子供の話しかけに対して、つい生返事をしながら聞き過ごしたり、「忙しいから、後でね」と後回しにしてしまうことがあります。
しかし、子供の話しかけは、その内容(事柄)を伝えるよりも、感情(気持ち)を伝えたくて話しかけていることが多いのです。子供が勢い込んで話をしたいときに聞いてもらえないと、もう後で話す気持ちにはなりません。忙しくても、少しの間手を休めて、子供の言葉の奥にある心の声に耳を傾けてあげたいものです。
―*―
「あのね、今日、幼稚園でヒヨコが生まれたんだよ」
「あーら、ヒヨコが生まれたの」
「とってもかわいいんだよ」
「そう、とってもかわいいのね。雄太、抱きたかった?」
「ウン。でもまだだめだって、園長先生が言ったの」
「園長先生がだめだと言ったのね」
「もう少し大きくなったらいいんだって」
「早く大きくなればいいのにね。大きくなったら、お母さんにまた教えてね」
―*―
このように、子供の気持ちを受けとめて、できるだけ言葉を繰り返してあげると、自然と話が続きます。聞き上手なお父さん・お母さんになってあげることで、親子の温かい心の交流は広がっていきます。

■真理ちゃんの絵本

高等学校で教鞭をとり、定年退職した吉田さんの話です。
吉田さんの長女・真理さんが2歳のころ、奥さんが病気で半年ほど入院したときの出来事です。
真理ちゃんは絵本が大好きで、いつも寝る前に奥さんが絵本を読んであげていました。ですから、寂しい思いをしないようにと、吉田さんも寝る前には必ず絵本のお相手をしていたそうです。
「真理は、特に『桃太郎の鬼征伐』の絵本が大好きで、繰り返し読まされました。そのために絵本が傷んでボロボロになってしまったんです。
そこで、新しい別の桃太郎の絵本を買ってきました。娘は嬉しそうに、『早く読んで』とせがみました。
ところが、読み進めていくうちに、真理の笑顔が消えて、なんとなく不満そうな様子です。“どうしたのかな”と思っていると、突然大きな声を出して、『これ違う!』と言い出したんです。『どうして? 桃太郎さんの絵本だろ』と言っても、『違うよぉ』と駄々をこね、『これ桃太郎さんの顔してない』と言って泣き出してしまったんです」
困り果てた吉田さんは、前の絵本と違うけれど、同じ桃太郎の絵本であることを分からせようと思い、隣の部屋にあった傷んだ古い絵本を取りに行きました。そして再び部屋に戻ってくると、思いもしない光景を目にしました。

■子供の心と向き合うとき

「驚きました。娘が泣きながら、新しく買ってきた絵本の表紙をビリビリと破いていたんです。思わず“真理、何してるんだ。やめなさい!”と叱りつけようとしました。
しかし、のどまで出かかっていたその荒い言葉をぐっと飲み込んで、娘の顔を見つめていると、ふと“あの絵本は、いつも母親が読んでくれていた絵本だから、よほど好きだったんだな。母親のいない寂しさをあの絵本を読むことで我慢していたんだ”という思いが込み上げてきたんです」
吉田さんは、泣きじゃくる真理ちゃんの頭を撫でながら、「お母さんが読んでくれた絵本じゃなかったから、真理は悲しくなったんだね……。でも、破れた絵本もかわいそうだよ」と優しく声をかけたのでした。
目を真っ赤に腫らした真理ちゃんは、小さくうなずきました。吉田さんはニッコリとほほ笑むと、今度は、絵本の表紙を手でさすって、「かわいそうに……。痛かったね」とつぶやき、小さく切った障子紙に糊を付けて表紙を直しはじめたのでした。
すると、それを見ていた真理ちゃんが、吉田さんと一緒に絵本を直してくれたのだそうです。
「もし、あのとき感情的に叱っていたら、娘の心には、“本を破ったらもう絵本は買ってもらえない”という気持ちしか残らなかったでしょう。破れたら直そうという積極的な発想や絵本を大切にする気持ちにはならなかったと思います。娘の心の声が聞こえたおかげで、私の怒りの気持ちがすっと静まったのだと思います」
吉田さんは、当時のことを思い出しながら、親が子供の心と向き合い、子供の心を感じることの大切さを語ってくれました。

■「見守る」ということ

「子育て」とは、子供の健全な心と体を育てることです。とりわけ「心」を育てることは、親の大切な役割であり、大きな責任の1つだと言えます。
ところが、家事や育児に忙しい毎日を送っていると、親は時にイライラして、子供の心を疎かにしてしまうことがあります。そうしたときこそ、心にゆとりを持って、「見守る」ことを心がけたいものです。
子供を見守るためには、親が子供の心としっかりと向き合い、その心の声に耳を傾けていくことが何よりも欠かせません。これは幼児期の子育てだけに重要なことではなく、子供がいくつになっても、親が忘れてはならない「子育ての基本」と言えるのではないでしょうか。

(『ニューモラル』429号より)

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